Kaimanahilaのたわごと…その185
2009年10月07日
【「運動中は水を飲むな」と言われたあの頃 】
先週木曜日、彩の国さいたま芸術劇場音楽ホールで「ジェイク・シマブクロ」、
土曜日は渋谷エッグマンで「The Sons」のライブに行ってきました。
ジェイクのライブについては「UKULELE HALE」に詳しく書いているのでお読みください。
The Sonsは私たち世代が良く知る"ツイスト","ハウンドドッグ"のベーシストであった
鮫島秀樹などのベテランロックバンド。渋谷エッグマンに行くのも約20年ぶりだし、ライブハウスで
ロックを聴くのも1年ぶり。新鮮で気持ちよかった。
渋谷エッグマンはライブハウスの老舗。1981年のオープンでオープニングライブは桑田BAND、
山下久美子という伝説のライブハウス。オープンから暫くは良く通っていて、
井上陽水、竹内まりや、杏里、プリンセス・プリンセスなどを聞きました。
小さいライブハウスはノリがよいですね。
(ここまで出来上がりました。次は塗装に入ります。手前には製作途中のネックが)
昔のことを懐かしんだついでに、最近よく思っていることなのですが…
私は、中学ハンドボ−ル、高校サッカー、そのあとは草サッカー、草アメリカンフットボウルと
運動を続けてきたのですが、中学、高校時代は運動中に水は飲んではいけない
ことになっていました。今、考えると理由はさっぱりわかりませんが「運動中に水は飲まない」は
金科玉条のごとく守られていました。今の常識で考えると血液がドロドロでかなり危ない状態
だったのではと思いますが、学生だけではなく、一流競技選手もそうだったと思います。
でも、夏休みの練習で倒れる人はあまりいなかった…丈夫だったのだろうか皆…
そして、ある日突然、運動中は水を飲まなきゃいけないに常識が変わってしまったのです。
水を飲まないは、苦労したり、苦しい思いをすれば根性がつくという、
精神主義だったのでしょう。根性と気合いだけで試合をしていた頃ですからそれも良かった
のかもしれません。
ラグビーでも選手が倒れるとヤカンを持ったマネージャーが走っていき選手の頭に水をかけていました。そうすると、倒れた選手は必ず復活、魔法のヤカンと呼ばれていました。もしかしたら、苦しくて水が飲みたかったのかもしれません。
今では誰もやらない”ウサギ跳び”を毎日やらされていました。
もう一つ、昔のピッチャーは肩を冷やしてはいけないことになっていました。
なので、試合が終わったともあたためていました。
400勝投手の金田正一さんは肩を冷やさないために現役時代プールに入ったことがないと
言っていた記憶があります。ところが今はアイシングをするのが常識、肩に氷をのせている姿を
テレビでも見ることが出来ます。
はっきり意識が変わったのは、スポーツドリンクの「ゲーターレード」が日本に入ってきてから。
何とも言えない薄味でまずかったのですが、飲むと頑張れる気がしたモノです。
スポーツに科学が入ってきたと感じた画期的な瞬間でした。
世の中にはある日突然、常識が180度変わってしまうことがあるんです。
第二次世界大戦で日本が降伏したあともそうだったでしょうし、幕末から明治にかけても
大きく常識が変わりました。なにか、最近そんな時代が来ているような気がしてなりません。
CO2の25%削減だって意識を変えなくては達成できないでしょう。
過去は、イデオロギーや政治で常識が変わってきましたが、次に常識が変わるのは
地球を守るためかもしれません。
ハワイで有名なカイルアビーチ。その先に世界一美しいビーチと言われたラニカイビーチが
ありますが、毎年行くたびにビーチの幅が狭くなってきています。それが温暖化の影響なのかは
断言できませんが変化してきています。
自分が何を出来るのかは良くわかりません。
私が生きている間は何とかなるでしょうし、ラニカイビーチもあるでしょう。
これは難しい問題なのです。
さんざん書いておいて結論は「難しい」。なんて言う文章なんだと思いますが…
昔、サッカーの練習中に水を飲ませてもらえなかった、恨み言から始まった考えですが
大きな問題にたどり着いてしまいました。この問題はこれからも時々書いてみます。
「たわごと」なのでお許しを。。。。
来週は携帯を変えて感じたことと、昔話「携帯がなかった頃」を書こうかなと思います。




