しかし、キャリアはすでに7年目を迎えている。2004年はメジャーから初のフルアルバムもリリース、趣味の一環としての音楽が彼らの仕事となった。今年 はさらなる飛躍の年となるであろう。
松井貴志、来海大の全く異なる個性が紡ぎ出すハーモニーは大きな癒しを与えてくれる。
12月初旬に原宿で行われたライブ終了後にインタビューを行った。
LAULA
1999年1月、3人組ユニットとしてライブ活動開始。2000年5月、現在のように松井貴志と来海大の2人で活動するようになり、ハワイアンイベント・ ライブ等に参加し幅広い年齢層より支持される。「本場ハワイのニューエイジミュージッシャンを彷彿とさせる」とも言われる実力、ルックス共に備わった新星
松井貴志 マツイ タカシ/Vocal/Guitar B(藤沢市出身1977年1月18日生まれ)
知人のススメによりハワイアンミュージックを聴き始め、98年来海と出会う。その後積極的に活動を開始、現在来海と共にオリジナルソングの作詞作曲も手 掛けている。その甘いマスクでモデルもこなし、地元を中心に女性ファン急増中!
来海大 ライカイ ヒロシ/Vocal/Ukulele B(藤沢市出身1979年10月31日生まれ)
幼い頃からフラを教えていた母親のもとに集まるハワイ好きな人達の影響を受けて育ち、18歳の時にウクレレを始める。“お姉様キラー”な童顔な風貌で、 フラの現場で人気急上昇中!
(LAULA Official homepageより転載)
http://www.geneon-ent.co.jp/music/laula/index.html
「いろいろな人に聞いてもらいたい」
─まず、12月15日にリリースされた初のマキシシングル「君らしく僕らしく」の事で、どういう感じで作ったか、など聞かせてもらえますか?
松井:今 回は1曲ずつ曲も作っていて、僕の作った「君らしく僕らしく」という曲は、友達が結婚するというので記念にっていう感じで作るということになって。最初 CDの話があったときに、何の曲入れようかとなった時に、この曲もノミネートしていて。他にもいろいろ候補があったんですけれど、「これ結構いいね」と なって。レコーディングしてみたらハートウォーミング、暖かい感じに録れました。自分では気に入っている曲のひとつなんです。歌詞の内容は結婚をテーマに 自分で考えてっていうことですね。
─来海くんの曲のほうは?
来海:僕 は「月」っていう曲を作ったんですけれども、この曲の歌詞の内容って言うのは自分の祖父から、もう亡くなってしまったんですけれども、亡くなる間際に手紙 を書いてくれていたんですね。その手紙が亡くなった後に見つかって読んだのですが、僕のとらえ方だと、『いつでもお前が何をしてても月の光として見守り続 けてあげるからね』みたいなメッセージがあって、ふと曲を作る時に、ああそういえばこういうことあったなあと思って。
そ れでこんな曲作ってみようかなって、できたんですけれども。やっぱり人ってね、落ち込んでいる時とかなんか絶対そういう時ってあるから、なんとなく上を見 上げて月の光って温かみがあったり、月が人を癒すという効果もあるんじゃないのかななんていうことで、こんな感じの曲を作ってみました。
─今回はオリジナルと他の作家の曲が1曲で、日本語の曲がほとんど。ハワイの感じを前面には出してはいないのだけれど、これは今回のマキシの狙い?
松井:そ うですね、いろいろな人にラウラを聞いてもらういたいということもあります。ハワイを好きな人だけに聞いてもらうということで言うと、もちろんハワイアン だけやっていればいいかなと思うんですけど、いろんな人にラウラの曲を聴いた事をきっかけにハワイを好きになってもらったりとか、ウクレレを好きになって もらったりとかっていうのも大事にしたくて。
ハワイに行ったこと無い人にとっては、ハワイの音楽の良さっていうのが、半減してしまったりするようなことも多いと思うので。だから日本語の曲から聞いてもらって、LAULAを通じて、なんかハワイアンっていう聞いたことの無い音楽もあるんだなと興味を持ってもらいたい。
逆にハワイアンを好きな人達には、僕達の曲を聞いて、ああ日本語のLAULAというサウンドもいいな、と思ってもらえたら、すごく嬉しいし。僕たちの個性にもなるし。と、いうところですね。
─例えば、スラッキーとウクレレでハワイイの曲に日本語の歌詞をつけて自分達で歌うっていうのはどうですか?
松井:まあ機会があればそういうこともやってみたいなとは思ったりもしますが。ただハワイアンの曲を和訳して歌えばいいかっていうとそうではないですから。
例 えばアルバムにも入っているPua Lililehua(プア リリレフア)という曲、すごくメロディーが耳に残るし、あれを日本語にすればいいんじゃないって言われたりするんだけれど、あれをただ日本語でやったとし たら、なんかやっぱりちょっと、なんていうか、違う感じが僕はしちゃうんですよ。
うまくやればたぶんいいものになるとは思うんですけれども、文化的な事とか歴史的背景とかを注意しなければいけないと思うし。
来海:自分達の中で日本語であれハワイアンでハワイ語の曲をやるのであれ、俺達LAULAっていう人間がこういうことをやりたいんだよっていうのが、うまく伝えられる形が、自分達も一番いいし、そういう風にとらえてもらえることが嬉しいことなのかなと思ってやってます。
だ から、反対に、もう「ハワイ語」、「日本語」っていうところは、昔は自分の中ですごい「えー、日本語の歌詞歌っていいのかな俺達」っていうようなわだかま りみたいなのがあったけれども、そういうのは今はまったく無くて、ハワイ語でも日本語でもハワイの風の「らしさ」みたいな部分が感じてもらえるような演奏 を心がけているし、そういうものを感じ取ってもらえたら嬉しいなというのはあります。
「自分たちの出来ることをとりあえずやっていこう」
─ハワイイのイメージと元々のLAULAのイメージと自分達のやりたいもの、CDを売ること、そんなことのやりくりは自分たちの中でうまくいっている?
来海:なんかこう手探りしならがら、まだ今はちょうど。
松井:まだ僕達も到達したわけじゃないから。これからもうちょっとね、いろいろなことにもチャレンジしたいし、また自分達の可能性も広げていきたいなと思うし。あとやっぱりハワイの音楽って、人柄が出る音楽だと思うんですよ。
だ からハワイの人たちは、全員が全員じゃないだろうけど、アロハスピリッツってことになるのかな、いい面だけいえばそういうこともあるじゃないですか。そう いうのが音楽に出て、美しいものが好きだったりとか、自然がすごい好きだったりとか、そういう所が音楽に出るから、僕達も僕達の人間らしさっていうか、そ ういう音楽ができたら、それが聞く人が聞いてハワイアンぽく聞こえるのかもしれないし、それがハワイアンぽく聞こえないのかもしれないし、それは人によっ てだと思う。
でも自分達にできることをとりあえずはやっていこうかなって思っています。
─なにかこう新しいジャパニーズハワイアンミュージックみたいなものができてきそうな気配は?
松井:今はどうかわからないけど、僕達がやり始めたことでそうなればいいのかなと。若いというか、僕達と同年代の人でハワイアンを演奏しているという人は、ほんとにいなかったし。
来海:演奏はともかく、どんな音楽なのか知っている人は、たぶん、いまだに少ないとは思いますよね。
松井:前よりは若い人もフラを見る機会が増えたりして、多少見に来てくれることも多くなったかもしれないですけど。ほんとにやり始めた頃なんかは全然、友達にハワイアンって言っても。
来海:なにそれって言う。
松井:ウクレレとあと何だっけ?…みたいなね。でも今となっては地元の友達などが僕達のオリジナルから入ってきてくれて、そのハワイアンっていうのに触れてくれてるのかもしれないし。
来海:「こんなのだったんだあ」みたいな感じで言ってもらえるのが嬉しいですね。
─唯一の若手というとLAULAになるのかな?
松井:今は他にもハワイアンやっている人がいるかもしれないですけどね。
来海:もっといるかもしれないですよ。
─いますかね?
来海:いや、ま、僕達は知らないですけど。
─誰も知らないんじゃないかっていう。出てきてほしいよね?
松井:そ うですね。でも結構前に比べたらメディアにハワイアンがでることが多くなったから、例えばジェイクなどを見て若い人が、すごいね、あんな弾き方できちゃう のすげえなって思う人は絶対いるから、たぶんいい方向にはハワイアンは進んでいるんじゃないかなって思う。僕達もそれの…、
来海:波に乗っかってる感じはあるね。
松井:波もそうだけどさ。ひとつの歯車になれたら、それはそれでいいのではないかと。
「音楽的にもっと磨きたい」
─今、何年目でしたっけ?
松井:今、5年か6年目。
来海:年明けると7年目になります。
─あ、そんなになるんだ。昔、パロロが来た時に一緒にやってたでしょ。あの頃から比べたら、すごくうまくなったなって今日のライブを見て思った。この6年で何が変わって何が変わってない?
松井:そ うですね、気持ちはやっぱり随分変わる。変わらせた部分もあるし。昔やってた時は、その時の俺達のコンセプトは、「自分達が楽しければ」ということだっ た。仕事もやってたし、来海君はまだ学生だったし、楽しくやれればそれはそれでいいんだよって感じでしたから。今はやはり仕事っていう面もあるけど、音楽 的にも磨かないといけないなって思っています。
来海:音楽的にはね。
─ もっといろんな若い人や新しいものが出てくる可能性って十分にあると思うんだけど、メジャーと契約できてハワイイの音楽で食べていけるっていう先例をつけ たということで、だいぶ変わったことってあります?
松井:時 間はすごく有意義な感じには使える。僕は会社辞めたのは去年の12月なんですよ。それまでは一応平行してやってたんですけど。思い切って飛び込んだ不安と かもちろんあるんですけど。ライブも毎月毎月あるわけじゃないし。でも日本語の曲やオリジナルも作っていく時間ができたというのもありますし。
変 わったこととしたら、昔はハワイアンを楽しめればよかったから、ハワイアンが好きだったから、ハワイアンだけ普通にやってれば何の問題も無かったんですけ ど。今はいろんな人に聞いてもらうという、どんどん広げて行きたいという気持ちが。その辺の気持ちの変わりっていうのがあります。
そ うなると自分達ができることといったらオリジナルの曲を、日本語の曲とかも作って、ウクレレとアコースティックなサウンドで演奏して、ライブでハワイアン やったり、CDの中にハワイアンを入れてみたりとか。そういうことを考えるようになったのも、意識が変わった事の一つかもしれません。
─ ライブの時は役割として松井君がしゃべって?
松井:ほんとは来海君にもしゃべってもらいたいんですけど、知らんぷりしてるから。
─ 音楽作ること、音楽活動としての役割みたいのは、どういう風になってますか?
松井:来海君には、ウクレレに関しては完全に任せっぱなしになっていますね。
来海:松井君にはレコーディングの時は歌に集中してもらいたいと。そこでの表現というのは松井君に任せるということなんですけど。曲の演奏のほうだと松井君が作った曲やハワイアンなんかも、みんなで相談していく中で、役割分担みたいのっていうのはどっちかというと、
な んだろうな、演奏のほうは俺はこうやりたいからこうしたいんだって言うとそれに対して反対に向こうのほうからいい、いろいろ意見をもらったりとか。歌う時 には、ほんとにもう松井君お任せで気持ちい形で歌ってもらえれば、俺はそれはそれでLAULAの形かなと思うんですよね。
─ 今回みたいにそれぞれ曲を作っている時は、作っている途中でこんな感じなんだけどって言って情報交換はしない?
松井:途中はないですね。
来海:あ る意味その辺はほったらかしっていったら悪いですけど。いい意味でお互いを尊重してるって事かな。作詞とか作曲で相談受けた場合は別ですけど。まだ俺た ち、作詞作曲を始めて、そんなに長い期間、いっぱいの曲を作っているわけではないので、「らしさ」がでるのが一番いいのかなって俺は思うんですけど。それ で作詞作曲とは別にアレンジがあって、その時にこうしたいんだけどっていう相談はまた別なものなのかなと思いますけどね。
「始めたきっかけは軽いノリで」
─もともと、まあよく聞かれているのかもしれないけど、6、7年前にこういうのを始めようと思った時、その前からずっと友達?
来海:違います。
松井:それがきっかけですね。ハワイアンを始めてからの知り合いですね。
─お互いに別々にやってたという。
松井:そうですね。
─それであるところで出合ってじゃ一緒にやろうって。
来海:まあそうですね。
─最初3人だったよね。
松井、来海:そうですね。
松井:始めた当初は3人で。
─会った時に二人ともこんなに若いのにハワイアンやってるのという感じで?
来海:な んとなく話はしてたんですけどね。彼は2人組、もう1人、3人でやったときのもう1人とやってて、僕は別の何かハワイ好きの人たちと遊びながらたまに ちょっと出たり、そんな程度だったんですけれども。へえ、そんな人いるんだ、珍しいな。なんて自分もやってながらそんな気持ちでしたけれども。それで彼 が、じゃあ一緒にやっちゃおうよみたいな。ほんとに最初の乗りは遊びですから。軽い形でやっちゃいましたけどもね。
─7年続いているのは?
松井:まあなんかいろいろ、やっぱり、ね。
来海:でも1回ブランクはあるんで。僕はサラリーマンやってたんで。
─そうだよね、途中2,3年前あんまりもう活動していない時期ありましたよね?
来海:そうです。あくまでも一趣味で。
─だったわけね、それまでは。
来海:そうですね。
─じゃ、趣味から本格的にやろうかってなったのは何かきっかけがあるの?
来海:やっ ぱりCDですよね。声をかけて頂いて。彼は仕事も続けながらやれたんですけど、僕の場合はもう、その話を受けるに関しては会社辞めなきゃいけない状態だっ たんですね。休み月1回とか2回とか、そういう会社にいたんで。そこでもし僕がサラリーマンでいいってなってたら、たぶん今も無いし。
で もやっぱりどこかで、1年くらいブランクなんかあったにしろ、自分もすごい好きなことだし、そういったチャンスがあるなら。30歳になった時にその仕事に は就けるかなとは思ったんですけど、実際には30歳になった時メジャーのレーベルからCDは出せないなっていう。やっぱり自分が一番好きなことをやって、 もしそれで成功できるんだったら最高にハピーだと思うしっていうところで決めてしまったところもあります。
─来海君の場合はお母さんがフラをやってますよね、その影響は大きい?
来海:もともとはそうですね。お客さんがとにかく多い家だったので、もう夜になると、飲めや歌えや、踊れや、弾けやみたいな、そういう感じでしたね。
─松井君の最初は?
松井:僕 は友達とバンドとか遊びでやったりはしてたんですけど。ある時ハワイアンのパーティーをやるっていう人がいて、その人に頼まれて、1、2曲覚えて人前で やったっていうのがきっかけですね。そこからだんだん広がってきちゃって。最初はハワイアンのおばさんの人たちと知り合いになったりして。
─あのハイトーンは昔から?
松井:ハ イトーン、割と初期の頃から真似てみたら意外とできたので。なんかイメージ的なものはなんとなくありましたね。ハワイアンの中で聞いて、こんな感じなのか なっていうのがあって。それをずっと継続している状態ですね、今は。完全とは思わないし、ハワイっぽい歌い方とか、ハワイの人によってもファルセットもい ろいろな出し方がたぶんあると思うし。
─ハワイのアーティストでは誰が好きなんですか?
松井:最近の人だとジャスティンとか、ポップとハワイアンのソプラニストなんかもやっているし、そういうのはかっこいいかなとも思いますし。
─来海君、ウクレレではどうなの?
来海:僕 は、ジェイク・シマブクロ…ではなく、(笑い)トロイ・フェルナンデスですかね、やっぱり。ジェイクはウクレレ奏者としては今の評価通りすごいかなとは思 うんですけど、僕はウクレレも弾いてますけど、同じくらい歌も好きですから、自分のやりたい音楽の中ではウクレレも歌も、まあコーラスでもハモリでもなん でもいいんですけど、それが全部1つになった形で俺はやりたいと思っているので。それだったらトロイ・フェルナンデスっていう、カアウクレーターボーイズ で歌も歌ってるし、パロロでもやってるし。あれだけ弾けて歌もやれるっていうのが自分の中では理想ですね。
「ハワイイ録音やってみたい(松井)僕は日本が良い(来海)」
─004年にはメジャーでアルバムをCDリリースしたんだけど、2005年のLAULAについては何か考えている?
松井:そ うですね、今は地域的にっていうよりも神奈川、東京、横浜その辺はがんばっているけど、もっともっと全国でハワイアン好きな人も含め、LAULAの音を聞 いてもらえたらいいなと思うし。いろんな地方でライブができて、いろんな人とふれあえたらそれはすごくいいなと思うんですけどね。
来海:松 井君が言ったことももちろんだと思うし。まああとはなんだろうな。ハワイアンからポップスっぽいこともやってますけど、どうしてもレベルが、ハワイアンの やつからレベルが落ちるって言われるのが正直なところ、そういう声も。まあ俺たちが未熟で言われるんで、そこら辺自分をもっと磨きたいなっていうのは正直 思いますね。
松井:スキルアップ的なことが今のところ課題なのかもしれないけど。
来海:やっぱり普通のバンドに比べてライブの本数は多いですから、そこで自分達のパフォーマンスが次の、明日のライブにつながる。もしかしたらもう10本ライブが増えるかもしれないと思えば、そういうところももうちょっとがんばっていきたいかなと思いますけどね。
─次のアルバムで全曲ハワイ録音などというような事は考えていないの?
松井:ハワイ録音もね、確かに俺はですけど、俺はねやってみたいんですよね。
来海:俺は別にあんまし。どっちかというと日本でやっているほうが、たぶんスタジオとかそういうこと考えれば絶対やりやすいだろうなってのはあって。
松井:た だ俺は憧れ的な問題ですけど。実際やったらもしかしてすごく大変かもしれないけど。でも何かハワイのミュージシャンとジョイントでハワイアンの曲やった ら、すげえハワイっぽくなるのではというのも憧れがある。僕はとにかくいろんな人と、もうちょい他のことも広げてみたいなっていうひとつの願望があって。
だからいろんなミュージシャンと、例えばポップス入れて、スラッキーも入れたらどうなるのかなとか、自分の中で未知だから失敗するかもしれないし、成功するかもしれない。それはやってみないとわからない。そういうこともやれたらおもしろいなと。
─ハワイライブとかは?やってみたい?
松井:ハ ワイライブはやりたいですね。来年あたりできたら1回〜2回ぐらいできたらいいなと思いますね。あとやっぱり行きたいなとおもいますね、普通に。別にライ ブとかでなくても。ハワイの音楽やっているんだけど、俺は2回ぐらいしか行ったことないし、もうちょっと行ったら、もうちょっといろんなことを見たらまた 自分のイメージが膨らんでいくんじゃないかなっていうのはありますね。
─来海君はハワイへはよく行っているの?
来海:行ってないですよ。僕1回しかいったことないです。これは書いてもらっても書かなくてもどっちでも。みんなだいたい知ってますけど(笑)。
松井:あと、来海君と行きたいっていうのがありますね。行った時は別々に行ったので。
─来海君の家はハワイ一色みたいな感じだけど?
来海:母親は数え切れないくらい行ってるんじゃないですか。
松井:海外旅行嫌いなんだよね。
来海:僕、海外旅行は嫌いなんですよ。松井君と逆でまったく好奇心がないんですよ。これやりたいあれやりたいって思わないですね。
─飛行機が嫌いとかそういんじゃなくて?
来海:い や、嫌いではないですよ。乗りますけど。まあ、音楽的なところで言うと、なんだろうな。感じるもの感じないものも大事だと思うけど、同じぐらい日々の鍛錬 も大事なんだよというのも。どちらかというと、俺はそっちのほうが強いので。だから、いろんなチャレンジもしながらも、やっぱりまだどっか、自分スタイル をちゃんともってたいなっていう。まあそれには他の影響も大事かもしれないんですけど。
「CD買ってください、切実に!」
─話は変わるけど、ファンも多いよね、女性ファン多いよね?
松井:そうですね、まあそうなっちゃいますね。なんとなくやっぱりね。フラの方が多いので。
─女性ファン向けにメッセージなどをもらえますか?
松井:そうですねえ…、
来海:そうですねえ・・・あまり言ったことないですね、そういうこと。
松井:まあ、飽きずに(笑)。
来海:懲りずに(笑)。
松井:ライブ見に来てくださいってことくらいですね(笑)。
来海:そうだね(笑)。
─ホームページからメールいっぱいくるんじゃないの?
来海:ライブが終わった後とか、あとは面白い日記を書いた後とかに。
松井:結構意見がね、癒されましたとかそういう意見が多いから。
来海:縦ノリじゃないのはよくわかっているから、自分たちが。
松井:そういうのも、もうちょっと何かノリがいい曲もあったほうが。
─何か別の方向で、ってこと?
松井:別っていうのじゃないけど、曲も構成上もうちょっと乗れるような感じにしたほうがいいのかとか。
来海:2人でライブやっているのがほとんどの中で、自分達のやれそうなこととか、こうしたらもしかしたらいいかもねってことは全部やって行きたい。それでお客さん、男性の方もね、増えていただければうれしいし、女性ももっと広がってもらえればもっとうれしいし。
─あと何かあります?伝えておきたいこと?
来海:CD買ってください(笑)。切実に(笑)。
─どうもありがとうございました。(2004年12月5日 Blue Jay Wayにて)
□LAULAオフィシャルサイト→http://www.geneon-ent.co.jp/music/laula/index.html

