ハワイ州観光局のイベントでいつも素敵なフラを見せてくれるジャッキー。
ザ・ブラザーズ・カジメロのダンサーとしても知られていて、彼女の踊りにあこがれているフラガールも大勢いることと思います。今回は、フラについてたっぷ りお話をお伺いしました。
フラをはじめたのは15歳。現在、フラのパフォーマンスを通してハワイの文化を人々に伝えることに力を入れている。ハワイ関連イベントなどで来日の機会も 多く、ハワイ州観光局ウェブサイトではフラ講師として活躍中。
「人生にフラがあり続ける理由」
─最近は来日される機会が多いようですが、日本はどうですか?
■Jackie:今 年、5回目の来日になります。毎回日本では楽しく過ごしています。ハワイとフラを日本の皆さんに紹介するために来日しているのですが、とても素敵な人たち に囲まれて仕事をさせていただいています。そして、日本の皆さんは毎回私たちのパフォーマンスに対して好意的で、関心を持ってくれます。日本ではフラやハ ワイアン・ミュージックが盛んで、多くの人たちが私たちのパフォーマンスを快くサポートしてくれて、非常に感謝しています。
日本は食べ物がとてもおいしいし、ハワイとは違ってペースの速いライフスタイルですが、そのことも私は楽しんでいます。
─ハワイではどのように活動していらっしゃるのですか?
■Jackie:私の日常生活は、アロハ・エアラインのフライト・アテンダントをしながら、フルタイムで4人の子供たちの母親をやっています(笑) 。
─お子さんたちはお幾つですか?
■Jackie:上から20歳、19歳、11歳、そして10歳です。女の子3人と男の子1人です。
─お子さんには5年程前に一度お会いしていますが、上のお嬢さんはジャッキーさんに似てとても美人だったことを記憶しています。
■Jackie:上 の子たちね。もう20歳と19歳になりました。下の女の子2人は先週まで私と一緒に日本に来ていて、同じステージで一緒にフラを踊っていたんです。とても 楽しかった。もっと長い間日本に滞在していたかったようですが、ハワイに帰りました。2人とも今回の滞在をとても楽しんでいました。
ハワイの生活の話に戻りますが、ハワイでは、フライト・アテンダントと4人の子供たちの母親をフルタイムでやっていて、フラ・ダンサーとしての活動はパー トタイムですね。現在のハワイにはフラ・ダンサーが定期的にパフォーマンスをする場所があまりたくさんないですから。フラ・ダンサーとしての活動は主にハ ワイ以外の場所で行っています。
─フラをはじめたきっかけは?
■Jackie:プロとしてではなく、母親が趣味でフラをやっていました。
その影響で子供の頃、姉たちもフラをやっていました。だから家族の中に「フラ」というものがいつも存在していたんです。
私は末っ子で、とてもおてんばな女の子だったんですけれど、それが理由かどうかはわかりませんが、私だけ姉たちとは違い、フラを習う環境には入れられな かったんです。今思うと、おそらく私がまだ小さかったからだと思います。小さい頃の私は母親や姉たちのフラをずっと観ていたんです。
フラに興味が湧いてきたのはティーンエイジャーになってからです。その頃仲良くなった友達もフラに興味があって、それを見込んだ高校の先生が、私たち女の 子3人をフラ・ダンサーに、同じ学校に通う男の子たち3人をミュージシャンにしたグループを結成させて、シェラトン・ワイキキ・ホテルで週に1回ディ ナー・ショーを行っていたんです。これがプロのフラ・ダンサーとして初めてのお仕事でした。17歳くらいの頃でしたね。その頃から将来プロのフラ・ダン サーになりたいと思っていました。これがフラ・ダンサーになったきっかけですね。
最初の2〜3年はポリネシアン・ダンスがメインでしたが、もちろんフラのレッスンに加えてタヒチアンのレッスンも受けていました。タヒチアン、サモアン、 マオリ、そしてフラなど多くのダンスを盛り込んだポリネシアンショーが好きでした。
様々な種類のダンスを習って、多くのパフォーマンスも経験しました。それからかなり経ってから、ハワイアン・フラだけをプロとして踊るようになったんで す。今でも様々な種類のダンスを習得、経験できて良かったと思っています。
プロのフラ・ダンサーとして初めてステージに立ってから30年ほど経ちました。もちろん、4人の子供たちの子育てがありましたから活動をしていない時期も ありましたけれど。
─フラが中心の生活になると思っていましたか?
■Jackie:フラが生活の中心になるとは一度も考えたことがありませんでした。
1人目の子供を出産した後、2人目の子供を出産した後、そして4人目の子供を出産するまで何度も何度もフラのパウ・スカートをしまって、ダンサーを辞めよ うと思いました。家にいて、フルタイムの母親として、そして妻として専念しようとしました。そんな時、ロバート(カジメロ)がこう言ったんです。「私が音 楽を続ける限り、ジャッキーはダンサーを続けるべきだよ。」って。
振り返ってみると、随分長い年月をフラと共に歩んできました。フラを辞めてしまおうと思ったことも何度もありましたし、フラ以外に同じように集中できる何 かをはじめようとしたこともありました。でも、私の人生からフラはなくならなかったんです。今は、この運命を有り難く思い、感謝しています 。
─あなたの人生にとって、フラとはどんなものですか?
■Jackie:ハワイアンとしての自分の一部を皆さんと共有できるものです。
以前は、自分の人生において、フラはそれほど重要なウエイトを占めるものではなくて、むしろなんとかしてかかわりを少なくしようとしていました。しかし、 何か目に見えない力が、フラは私の人生にとって重要なものだということを教えてくれたのだと思います。それは、私の先祖の力なのか、それとも私の運命なの かはわかりませんが、私の人生を支配するものではなく、むしろ、人生の歩むべき方向を示してくれるものだと思います。おかげで、様々な人たちと知り合い、 世界各地を旅してまわることができました。フラは、私の人生に多くの恵みをもたらしてくれています。それから、フラは私に人生のゴールや目標を与えてくれ ていると思います。
長い間フラ・ダンサーを続けていると、その間に歳もとるし、若い頃のように体もいうことを聞かなくなる。「もう十分っ」って。でも、フラはいつだって私を 人生の新しいステップへと導いてくれるんです。例えばそれは、フラを教えることだったり、若いダンサーを育てることだったり、ショーのプロデュースを手伝 うことだったり。
今まで何かに導かれ、この道を進んで来ましたが、「ジャッキー、来月、日本に来てくれませんか?」って連絡してくれる人がいて、そして周りには私がフラを 続けることをサポートしてくれる人たちがたくさんいます。これらのことを考えると、私の人生にフラが有り続ける理由があるのだと思うんです。これは非常に 恵まれたことで有り難いことと感じています 。
「夢のひとつが叶った」
─日本では「ザ・ブラザーズ・カジメロ」のダンサーとして知られていますが、ロバートと知り合うきっかけは?
■Jackie:私は、彼らの音楽をティーンエイジャーの頃から聞いていました。皆さんご存知のように、彼の歌声や演奏には人々を惹きつけてやまない魅力があるんです。私も彼の音楽のとりこでした。もちろんロバートだけではなく、弟のローランドも同じようにね。
ワイキキのホテルのショーに出演しはじめた17歳の頃、ちょうど同じホテルの下の階で彼らがショーをやっていたんです。それで、自分たちのステージが終 わった後、毎週彼らのショーに潜り込んでステージを観ていたんです。18歳のふりをして、こっそり潜り込んでショーを観ながら食べたり飲んだりして (笑)。
彼らは本当にプロフェッショナルなんです。観客に対して心やさしくて。彼らのプロフェッショナリズムにはただただ感動するんです。彼らの活躍によって、少 なくとも私の世代の、ハワイアンの血を引く多くの人たちは自分がハワイアンであることを誇りに思っていることでしょう。
彼らのパフォーマンスを観ながら、いつかロバート・カジメロと同じステージでパフォーマンスできるくらいのダンサーになりたいと思ったんです。夢をみてい たんですね。それから10年くらい経って、その夢は現実のものとなったんです。
夢が叶うなんて全く想像もしていなかったし、もちろんどうしたらロバートのステージで踊ることができるのかなんて全くわかりませんでした。所詮、それは夢 やファンタジーにすぎないと思っていたんです。
子供を産んで、アメリカ本土からハワイに戻ってきて、離婚して、またフラをはじめた頃はすでに30代になろうとしていたんです。その頃、ロバートも知って いる共通の人たちと付き合うようになって友達になっていたんです。
私のいとこがロバートのハラウにいたこともあって、ロバートは私が誰だか知っていたようです。
ある日、突然、ロバートが私に「自分達のショーに出演して欲しい。」と言ってきたんです。どこからどうやってそんな話になったのかわかりませんでしたが、 男の子たちとハラウでレッスンを受けていた時です、ロバートが現れて私のところに来てこう言ったんです。「ジャッキー、2週間以内に私のショーのステージ に立って欲しい。ショーに出てくれませんか?」って。私は近くにいた男の子に、「ロバートは冗談を言ってるのよね?」って聞いたんです。ただびっくりし て、「ロバート、冗談を言ってるのよね?」って。そうしたら、ロバートは、「No! 2週間以内に予定されているショーにあなたが必要なの。今週日曜日の練習に来てください。」って言われて、本当にびっくりというか、ショックでした。もち ろんとても興奮したんですけど、彼のショーの一部に出演するためにどうやって準備をしたらいいのかわからなかったんです。
実際のところ、私はそこでは全くの部外者でした。ロバートは、自分のショーに女性ダンサーでレイナ・アラのハラウ以外からダンサーを起用することはそれま で一度もなかったんです。私がそのハラウ以外からのはじめてのダンサーでした。だから、レイナ・アラのハラウの女の子たちから見たら、全くの部外者の私が 彼女たちのグループに参加した時は、本当に厳しかった。おそらく歓迎されていなかったと思うし、私はただのアウトサイダーでしかなかったんです。彼女たち が私を受け入れてくれるのには、しばらく時間がかかりました。
私自身も、いくつかの年月と時間を経て、どうして彼女たちが私をそのように扱ったのか(彼女たちの態度の意味を)理解できたんです。彼女たちは皆、親しい 間柄で、フラ・シスターズなんです。フラ・シスターズはそうあるべきで、お互いに支え合うべきものなんです。そういう事がいろいろな経験を経てよくわかっ たんです。でも、何度も何度も辞めてしまいたいと思ったことはありました。今までとは全く違う新しいフラのスタイルを習得しなくてはいけないことも難し かったし、彼女たちは皆上手なダンサーたちでしたから。その中で私はおびえて(威圧感を感じて)、気弱になって、歓迎されていないと感じていたんです。そ れでも頑張ってそこで続けていかなくてはいけなかったんです。だってそれは私の夢だったから。それで、諦めないで頑張り通したんです。私が途中で諦めな かったことをロバートは評価してくれたんだと思います。こうしてロバートと同じステージで踊るという、私の夢のひとつが叶ったんです。
素晴らしい思い出はたくさんあります。一番最初に私を日本に連れてきてくれたのはロバートでした。1993年のことでした。ショーに出演している頃、3人 目の子供を妊娠したことがわかったんです。だから、ロバートはまさか妊娠している私を日本に連れては行かないでしょうって。日本に行く前にショーも降りな いといけないと感じていたんです。この時もこれを機に、もうフラは辞めてしまおうと考えていました。でも、ロバートは「NO!妊娠していようと、日本でス テージに立つのよ!」って。それで、私は「OK−!」って。東京のステージに立ち、大勢の観客を前にしている私の後ろでロバートは、私が妊娠していること を発表したんです。すでに妊娠5ヶ月に入っていた時でした。ショーが始まる前、ロバートが、「ジャッキーが妊娠していることを観客にアナウンスしておくか ら。そうすれば、誰もあなたが太っているなんて勘違いしないでしょ。」って。「ありがとう、ロバート!!」って(笑)。彼は常に私の全ての行動を全面的に サポートしてくれました。ロバートは素晴らしいひらめきと感性の持ち主なんです。
─日本でフラがとても流行っています。どういう先生に習えばいいのか悩んでいる、という話もよく耳にするのですが、クム・フラあるいは先生というのはどういう存在でどういう人がいいと思いますか?
■Jackie:私が考える最高のクム・フラとは、Hula studentたち各自が持っている「内なる自信」を引き出すことができる能力を持っている人だと思います。
十分な時間と忍耐があれば、フラを教えることは誰にでもできることだと思っています。でも、各自が持っている「内なる自信」を引き出すこと、それができる のは質の良いクム・フラだけなんです。
ステップや体のモーションを教えて、誰かの踊りを真似したり、コピーしたりすることはどんなクム・フラでもできるでしょう。しかし、質の良いクム・フラ は、ダンサーたちが表現すべき感情を引き出すことができるんです。おそらくロバートは、それができる最高のクム・フラのひとりだと思います。
昔の私は、プロのダンサーとしてトレーニングを受けていたので自分のダンスに自信があったんです。ステージに上がって、微笑んで、タヒチアンやフラを踊っ て、自分の仕事をこなしていました。そんな私にロバートは何度も何度も言ったんです。「既成の枠を破りなさい(Open the box!)。」って。でも私は、ダンサーとしての自信を持ってステージに上がって、契約上も良いダンサーなのよって思っていたんでしょうね。そんな私にロ バートはただ、「その枠を破りなさい(Open the box!)。」とだけ言ったんです。多くのフラ・ダンサーのように、自分のために踊るのはやめなさいということです。フラ・ダンサーの多くは、実際は自分 のために踊っていてとても自己中心的なんです。ロバートは、「枠を破って、自分のために踊るのではなく、観客のために踊りなさい。」と言ったんです。
ロバートと同じように指導するクム・フラはたくさんいるかもしれません。でも、フラを踊ること自体が自己中心的なものにもなり得るんです。他の人より上手 に踊りたいとか一番になりたいとか。それに、ハラウ自体がそういう傾向にある場合もあるのでとても難しいんです。ハラウの中だけではなくて、時にはプロが 踊るショーのステージ上でも競争が生じているのは事実です。彼女の方が可愛いとか、若いとか、上手だとかね。
良いクム・フラとは、ダンサーたちが持つ、競争心(負の力)を取り除くことができる人です。
フラは、自分が主役なのではなくて、「踊りそのもの」が主役なのです。つまり、カルチャーを伝承するためにダンサーは踊るのです。その結果多くの人達がカ ルチャーを共有・保持することができます。
競争心は誰もが持つ人間性の一部だと思うんです。言ってみれば、アートを表現している時、常に競争心は存在すると思うんです。クム・フラにとって、ハラウ から競争心を取り除くことは大変な苦労・努力ではないかと思います。
幾つかのハラウは、これが理由でコンペティションに出場しないんです。正の力、「内なる自信」を引き出す代わりに、負の力、「競争心」を引き出してしまう というわけです。自分自身にチャレンジして、正しい目的を持って努力し続けるべきだと思うんです。ロバートは私が「既成の枠を破るよう(Open the box)。」正しく導いてくれたんです。
「競争心」は、使い方によっては上手く作用するかもしれません。ハラウ内でお互いに刺激し合って、お互い切磋琢磨して上手になるためにね。でもこれは、 「両刃の剣」でもあると思うんです。
─使い方を間違えたらとんでもないことになるってことですか?
■Jackie:そ うです。私は母親として、自分の子供たちを比べる時にそのようなことをしているかもしれません。皆良い子達だけれど、各自それぞれは違った素質を持ってい るんです。そしてそれぞれが良いところ悪いところを持ち合わせていることを知りながら、良いところも誉めてあげないといけないのに、悪いところだけを注意 したりすることです。上手なダンサーを良い見本にするのは、良い考えかもしれません。しかし、それはみんながその上手なダンサーと同じように踊るべきだと 言っているわけではないのです。
Hula studentたちにやる気を持ち続けさせることはやさしいことではないかもしれません。最初は皆純粋に「習いたい・学びたい」という気持ちからハラウに 来るわけです。「学びたいという気持ち」、おそらくこれが最高の姿勢だと思います。
それは私が常日ごろから心に留めていようとしていることなんです。若い頃から常にプロのダンサーとして踊っていたので、若い頃はハラウというものに属して いたことがなかったんです。ですから、今のように歳を重ねてきてから、もっと学びたいと思うようになったんです。フラ・シスターズたちと競い合うことでは なくて、できればみんなで共に学んでいきたいと考えています。ご存知のように、多くの若い女の子たちに比べれば、私は、ステージやショーの経験は豊富で す。一方、新しい世代の子たちは、ハワイ語の知識があったり、ハワイアン・カルチャーのバックグラウンドがあったりします。私は彼ら若い世代の子たちから 多くのことを学ぶことができると思います。良いクム・フラとは、そういった良いスピリットを育成できる人だと考えます。ロバートはその点にもとても優れて いました。私の現在のクム・フラである、マヌ・ボイドも同じ姿勢だと思います。私たちはお互い学び合うためにここにいるんです。
「学び、上達するための素晴らしい機会」
─コンペティションについてはどうお考えでしょうか?
■Jackie:コンペティションが行われるのはいいことだと思います。男性、女性、クプナ、ケイキみんなが一緒になって心から楽しむ機会が与えられるわけですから。
それぞれのレッスンでせっかく習ったことを誰にも発表しないでいるより、それをみんなの前で発表する方がいいでしょう。もちろん、コンペティションに出場 して、採点されたり、酷評を受けたりすることは時には厳しいことかもしれません。フラの社会はクリティカル(批判的)なものだから。でも、私たちは、もっ と上達したいとか、もっと学びたいとか、それはケイキ、クプナ等にかかわらず、コンペティションを楽しみたいと考えているんだと思うんです。
私の場合は、さらに上達するためにコンペティションに出場するんです。ダンスの能力や、覚える能力を伸ばすことによって、ハラウの一員としてフラ・シス ターズたちやクム・フラの力になりたいと考えています。それから、コンペティションに出場する過程では、常にこのようなポジティブな経験ばかりではないん です。時にはネガティブなエネルギーも生じてしまう。例えば、どういった衣装にするかとか、みんなの意見が合わなかったりして、とてもストレスがたまっ て、疲れるんです。そういった場合の最終的な判断はクム・フラにゆだねるわけです。そしてハラウは、クム・フラやアラカイ、またお互いに対しての「リスペ クト」の精神を学ぶことになるんです。クム・フラが言うこと、教えることに従うことは礼儀ですし、クム・フラは正しく、ふさわしい方法を知っているのです から。そして私たちは多くの文化的な価値を心に持ち続けるんです。だから、私にとって、コンペティションは、ダンサーとして、アラカイとして、そしてフ ラ・シスターズのひとりとして様々なことを学び、上達するための素晴らしい機会だと考えています。
─メリーモナークは特別なものですか?
■Jackie:メ リーモナークを観るようになったのは10年以上前のことです。それより前は、あまり気に留めていませんでした。それに、今ほど盛大なものではなかったよう に思います。私が初めてメリーモナークを観戦したのは、ロバートのハラウが出場するので応援しに行った時です。確か1989年のことだったと記憶していま す。初めてアリーナ席に座って、ダンサーたちを見て興奮しました。
その後は、ショーに出演することが多く忙しくしていたので、しばらく観戦しに行くことがなかったのですが、サニー・チンのハラウにいる姉が初めて出場する ということで久しぶりに観戦に行きました。これがきっかけでメリーモナークに再び興味を持つようになりました。
姉は、子供の頃フラを習っていたんですが、その後は長い間フラから離れていました。そして、1994年だったかしら、40歳くらいになってからサニー・チ ンのハラウで再びフラをはじめたんです。姉は今年のメリーモナークにも出場していて、もうすぐ51歳になります。彼女は、長い間、年長のダンサーとしてサ ニー・チンのハラウでフラを続けています。ハラウには心を鼓舞するものがあるようです。とても楽しんでやっています。彼女も私同様、(ハラウで)フラを習 うようになったのは、フラをはじめてだいぶ年月が経ってからのことなんです。私がメリーモナークに興味を持ちはじめたのは、姉がコンペティションに出場す るようになってからで、それからはよく観るようになりました。
メリーモナークはいい行事だと思います。ハワイアンの血を引いている人々、ただフラを観るのが好きな人たち、娘や息子が出場するので観戦する人たちなど様 々な人たち、多くのハワイアン・コミュニティーやハワイアン・カルチャーが一堂に集ってハワイの文化、音楽、ダンスをみんなでお祝いする機会として、メ リーモナークは素敵な行事だと思います。
実は、成人した一番上の娘もサニーのハラウで習っていたことがあるんですが、フラは彼女に向いていなかったようです。下の娘たち2人は現在サニーのハラウ のケイキのクラスにいて、一番下の娘は昨年のメリーモナークのケイキ部門に出場しています。だから、フラは私たち家族の生活の一部になっているんです (笑)。
─お友達が多いハラウ・ナー・カマレイが活躍した今年のメリーモナークの感想はいかがですか?
■Jackie:ええ、とても特別な年でした。今年の彼らは非常に素晴らしかった。ロバートがやることにはいつも感動させられるんです。今年のメリーモナークはその中でも 特に素晴らしいものでした。私たちは、ただただ彼らのパフォーマンスにびっくり仰天して、度肝を抜かれたんです。そして、当日、会場で実際に彼らのパ フォーマンスをこの目で鑑賞できたことを大変嬉しく思いました。
ロバートとは長年親しくしているし、ナー・カマレイのメンバーたちともね。彼らは私にとって兄弟みたいな存在なんです。
今年は仕事のスケジュールや、その他のことが重なって観戦しに行くことを半ば諦めていたんです。でも、今年はおそらく姉にとってメリーモナーク出場は最後 の年になるでしょうし、ロバートたちも出場する。そう考えたら、絶対に観に行かなくちゃいけないと思ったんです。
今年のメリーモナークは私にとって、特別なものになったんです。なぜかというと、ロバートにナー・カマレイの男の子たちが使うフラ・スカートを入れるバッ グを縫って欲しいと頼まれたからです。彼らは、私が縫ったバッグを持ってメリーモナークに出場したんです。彼らは私の一部を連れて参加したんですから。少 しでも彼らの力になれたこと、そして彼らの一部として参加させてもらったことを本当に有り難く思いました。
ロバートに、「ジャッキー、フラ・バッグが必要なの!縫ってくれない?」って言われて。それで私は「いったい幾つ必要なの?」って聞いたんです。そうした ら、「17個。」って。私は、「Oh My God!」って。そしてロバートに「バッグの生地はどんなのがいいのかしら?」って聞いたら、「わかんないわ。ジャッキーに任せたから。」って。そんなこ と言われたらもっと緊張するじゃない?!イッセイ・ミヤケの生地なんて持っていないし(笑)。「Oh My God! ロバートとナー・カマレイのメンバーにとって、特別なものを作らないといけないんだ。」って。それから、何日もかけてフラ・バッグを縫いまし た。もう本当に毎日ヘトヘトになりながら「ッガーッ」って全員分のバッグを縫ったんです。そして、縫い終えたバッグをナー・カマレイのメンバーのところに 持って行ったんです。その時、自分が彼らの特別な一部になったこと、私のスピリットは、彼らと共にあることを感じたんです。
彼らがレイを作ったり、火山のクレーターに行ったり、メリーモナーク出場の準備をしている様子を見ることができたことも素晴らしい体験でした。私は座りな がら彼らの様子を見ていて気がついたんです。メンバーの誰一人緊張している様子もなく静かにレイを編んでいて、ロバートは普段と全く変わらない様子で、何 か食べたり飲んだりしているんです。メンバーたちはロバートが教えたことをただ黙ってやっているだけ。ロバートは時々イライラした様子も見せるけれど、基 本的には、「自分がすべきことは自分が一番良くわかっているはず。」っていう姿勢なんです。それがロバートが持っているパワーなんです。そしてメンバーた ちは、ただ黙々とレイを編んでいるんです。彼らは4時間以上も、静かにただひたすらレイを編んでいたんです。彼らの冷静さにはびっくりしました。彼らは まったく緊張なんてしている様子はありませんでした。
ナー・カマレイのメンバーには何度もレッスンを見に来るように誘われていたけれど、一度も行くことができなかったんです。だから、本番まで実際にステージ でどのようなパフォーマンスをするのかまったく想像もつかなかったんです。実際のパフォーマンスを観て、ただただ感動してしまって。
翌日ロバートに会った時、言ったんです。「あれほど素晴らしいカヒコは今までに一度も見たことがないわ。今までにあれほど素晴らしいカヒコを踊った人達は ひとりもいなかったわ。最高のカヒコだった。」って。ロバートも私も一緒になって泣いてしまいました。
ロバートは、彼ら、ダンサーたちは本当に本当に一生懸命頑張ってレッスンしていたと言っていました。実際、本当に大変だったのはロバートかもしれないと私 は思うんです。天才のロバートが、長い期間同じ曲を何度も繰り返しレッスンし続けたんですから。ロバートは天才なんです。ひとつのショーなんて鞭を一振り するように即座にそして完璧にマスターしてしまうんですから。だから、私たちにも同じように20分でひとつのショー全体をマスターするように期待するんで す。そんな天才のロバートが、たった1曲のために長い時間を費やしたんですから。とっても感心しました。
ロバートは天才だから、ひとつのことを完璧に習得するのに長い時間はかけたくないんです。何でも短い期間で完璧にやってのけるんです。「今できないんだっ たら、時間をかけていくらやっても出来るわけがない。」これがロバートなんです。だから、「できるんだったら、今直ぐにできるはず。」って。ステージ上の 彼らのパフォーマンスを観た時、言葉を失いました。まさに、スピーチレスだったんです。数あるロバートの素晴らしい仕事の中でも今年のナー・カマレイのパ フォーマンスは最高のものでした。
「好きな曲は“kalua”」
─ところで、素晴らしい曲はたくさんあると思いますが、フラを踊るのに一番好きな曲を教えてもらえますか?
■Jackie:そうですね、一番好きな曲は、「カルア」だと言わなくてはいけないでしょうね。この曲は、数年モナーク・ルームで行っていたロバートとローレンとのショーで踊っていた私のソロの曲だったんです。彼らとのショーでの代表的なナンバーになったんです。
ディナー・ショーは2年間行われていたんですが、そのショーを行っている期間はほぼ毎日「カルア」を踊っていました。「もういいです。」って(笑)。週末 は2回公演なんですけど、ブラザーズはショーの内容を3ヵ月ごとに一新するんです。間に2週間休演して、その後また3ヵ月間全く新しいショーをやっていた んです。
大変でした。休演期間の2週間に、次の3ヶ月間行う公演の練習を2回やって、その次の週にはショーがはじまるんですから。毎回3ヶ月ごとのショーの初日の 前日の夜は緊張するし、衣装のことは心配になるし、大きなプレッシャーを感じていたし、もの凄い勢いで踊りやショーの進行を覚えないといけなかったんで す。そんな中、2年間続いたショーの中で、「カルア」だけは毎回必ずナンバーに入っているんです。「カルアはもういいわよ。」って思ったんですけど、聴く 人の多くを魅了してやまない曲なんです。日本人の間でどれくらい知られている曲なのかはわかりませんが、多くのアメリカ本土の人たちには聞き覚えのある曲 のようです。もちろん、ブラザーズの歌声が素晴らしいこともあります。あれほど素晴らしい「カルア」を歌える人はいないでしょうね。私が一番好きな曲は、 この“ラブソング・オブ・「カルア」”です。
─フラを踊っていて良かったと思える瞬間はどんな時ですか?
■Jackie:た くさんありますが、ロバート達とは、何度も楽しい日本ツアーを経験しました。ロバートのハラウから男性のダンサー4人、私ともうひとりの女性フラ・ダン サーで来日していました。私たちは他のショーでも共演したことがあったんですけど、その6人のグループで日本公演をしていたんです。
それは、夢見るような素晴らしい経験でした。それぞれ素敵なダンサーたちで私たち全員何か同じ共通点を持っているというか、相性がとても合っていたんで す。ステージに立ったら、まさに“クリック”して、全てが上手くいくんです。ロバートはこのコンビネーションとダンサーたちに特別な何かがあることに気が ついていたんだと思うんです。
私たちのステージではお互いに作用し合う何かがあったと思うんです。それはとてもパワフルなものでした。
今では、自分ももうひとりの女性ダンサーもそれぞれ子供や家族がいて忙しく、以前のように一緒に仕事をする機会がなくなってしまいました。皆残念に思って いるんです。本当にとても特別な瞬間でした。
その他にもたくさん素敵な思い出があります。一番最近フラを踊っていて良かったと思った瞬間は、先日のハワイ州観光局主催の大阪と東京のステージで、私の 娘たちと一緒に踊ったことです。上の娘と一緒にステージに立ったことはなかったので、下の娘たち2人と一緒に踊ることができて、とても嬉しく思いました。 娘たちがステージに立つ様子や、最初は恥ずかしそうにしていたけれど、やらなくてはいけないことはちゃんとわかっていて、自信を持って踊っていたこと、そ してプロ意識をしっかり持って、自分たちの仕事をしていたところを見ることができたことは特別な瞬間でした。そして多くの日本の人たちが私の娘たちを暖か く見守り、彼女たちのパフォーマンスを鑑賞してくれていたんです。私は娘たちとステージに上がって一緒にパフォーマンスができたことは今までにない本当に 特別で、素晴らしい瞬間でした。
─ステージの後お酒を飲むのがお好きですよね(インタビュアーは昔ジャッキーと何度か飲んだことがあります)。
■Jackie:昔よね。もちろん、ステージが終わってからだったわよね。Oh, My God! 終わる前に飲んでいるのをロバートに見られたら大変なことになっているわよ。
─昔、ステージの後毎晩ものすごい量のお酒を飲んで、その後クラブに行ってオールナイトで踊っていましたよね。
■Jackie:あれはシークレットなのよ!内緒よ!!あれは、1997年だったわね。10日間の日本公演でした。大人数で日本に来て。毎日、毎晩、ものすごい量のお酒を飲んでいたわよね。しかも日が昇るまで(笑)。
ロバートはそんな私たちのことをずっと見て怒っていて、「(そんなに毎日飲んで)いつか大変なことになるわよ。」って。「もし、ステージで失敗したら、ど うなるかわかっているでしょうね!」って。実は私たち毎日二日酔いでヘロヘロだったんだけど、そんなロバートの心配はよそに、ショーは日増しに良くなって いって。ロバートはとても悔しがっていたわね。本当に素晴らしいツアーだったわ。
─ジャッキーがそのグループの中で一番お酒が強くて。
■Jackie:ハハハ(笑)。今回のグループでもそうかもしれないわね(一同笑)。
─フラのレッスンはどのようなことをしていますか?何か特別なことをしていますか?
■Jackie:最近の私はHula studentとしてはあまり良い生徒ではないんです。
現在の私のクム・フラはマヌ・ボイドなんですが、私は、もう2年ほどハラウから離れているんです。私は、2003年のキング・カメハメハ・フラ・コンペ ティションに出場して以来、忙しいとか週末も仕事をしているからとか、家族のことに集中しないといけないとか、いろいろな言い訳をして、ハラウから離れて いたんです。それでも、マヌとは連絡は取るようにしていたんですけれど。
そうしているうちに、ハラウとは距離がどんどん離れてしまっていったんです。そして、1年半位前にハワイ州観光局と一緒にお仕事をするようになってますま す忙しくなっていったんです。
でも、またハラウに戻ろうと思っています。そのことはマヌにも話をしましたし、自分自身にも約束したんです。マヌは私がずっと欠席していることを怒ったり しません。ただ「顔を出したらいいのに。」って言うくらいで。私はいろいろと理由を作って、毎回レッスンに行くことができなかったんです。そんな私と違っ て、同じハラウの人たちは皆一生懸命、欠かさず真面目に通っているんです。
随分長い間休んでいました。再びハラウに戻って精神を養ったり、鍛錬したりしないといけない時期にきていると思います。私の中にある(フラの)タンクが空 になってしまったから、そろそろ戻らないといけないんです。
「フラは常に学び続けるもの」
─ショー出演のために何度も来日したり、今回のようにハワイ州観光局のお仕事で踊ったり、ウェブサイトでフラのレッスンなども行っていらっしゃいますが、ジャッキーは、フラを通して日本人に何を伝えたいですか?
■Jackie:フラは誰にでもオープンなんです。みんなに楽しんでもらうものだと思います。
趣味でフラをやりたい人や、日本でフラ・ダンサーとして踊りたい人など様々な理由で皆さんフラをやっていると思います。でも、上手、下手とか自分はどの程 度のレベルかは問題ではないんです。フラとは、魂を洗い清めるものだと思うんです。
フラを踊ることで、毎日の日常生活を送る自分ではない別の自分になることができるのです。また、フラは、日本の人たちを別の場所や時代に連れて行ってくれ るかもしれません。この曲は誰が書いた曲で、その詞を通じて何を表現しようとしているのかなど、フラとは何かを理解していれば、時空を越えることも、いつ もの自分とは違った自分になることもできると思います。
繰り返しになりますが、フラを通してハワイの文化を伝える人、ただ、日常から離れて趣味としてやっている人、体を動かすためにやっている人などフラをやる 動機は様々です。しかし、私はどんな皆さんにもフラを楽しんでもらいたいと思っています。フラは多くの人たちに対して様々な面を持っています。フラが上手 いとか下手とかレベルにこだわらず、恐れないで楽しんで欲しいんです。各自それぞれのレベルで学んでいるんですから。私もまだ習うことがたくさんありま す。フラを習うことに、始まりの地点も、終わりの地点もないのです。それは継続的なもので、常に学び続けるものなのです。
─近い将来、日本の人が直接ジャッキーにフラを習うことはできますか?多くの日本人がジャッキーにフラを習いたいと思っていることと思いますよ。
■Jackie:本当に?機会があれば是非教えてみたいですね。
でも、本格的にフラを教えることにはまだ抵抗があるんです。それは、日本で教えることに限らずハワイにおいても同じなんですが、私が今まで習ってきたこと を誤って教えることだけは避けたいのです。正しく教えることができるかを確認したいのです。
ハワイでは、プライベート・レッスンとしてカジュアルにフラを教えたことはあります。ケイキに毎週フラを教えていたこともありました。教えることはとても 楽しいです。
素晴らしい先生方からフラを習い、彼らが私に教えてくれたことを誰かに伝えることができたら幸運に思います。
多分、技術的には私は良い先生になれるでしょう。ただ、頭で考えて教えることに対してもっと自信をつけないといけないと思うんです。なぜなら、教えるとい うことには、あらゆる知識が要求されるからです。フラ・ダンサーのひとりとして、私は習得した手足のムーブメントのテクニックは備わっていると思うんで す。だから正しい体の動き方は教えることができるでしょう。でも、テキストの部分、つまり実際の体の動き方の他の文化的な知識の部分をさらに学んで身につ けないといけないと考えています。
─お母さんとしてのジャッキーはどんな人ですか?
■Jackie:年月を重ねるにつれて、母親としての子供たちへの接し方が少し変わりました。それは、まだ小さい子供たちへの接し方と大きくなった子供たちへの接し方です。
私は、シングル・マザーなので、多くの典型的なお母さんたちとは違うんです。子供たちにはとても厳しく、彼女たちの行動にはいつも高い期待を寄せていま す。
彼女たちには子供の頃の私以上に自分に自信を持った子になって欲しいのです。そして、新しいことにチャレンジすることを恐れないで欲しいと考えています。 私は彼女たちの年齢の頃は、とてもおとなしくて、もっとシャイな子供でした。そんな私を変えたのはフラでした。今ではそんな面影はかけらもないでしょ (笑)。
何事にも自信を持って取り組んで欲しいんです。やりたいと思ったことがあれば挑戦してみること。そして、自分たちで決めてはじめたことに対しては特に、私 は常に彼らにとってのベストの結果を期待します。もちろん、私が考えるベストと彼らの考えるベストは少し違うこともあるんです。でも、子供たちが何かに取 り組んでいる時、例えばフラでも、学校の勉強でも、もう同じ機会は二度とないと思ってベストを尽くして欲しいと考えています。物事を軽く見ることではな く、それが最初で最後のチャンスだと思って何事にも一生懸命取り組んでベストを尽くして欲しいんです。この点に関しては、彼らに対して、私はとても厳しい 母親だと思います。
最近は彼女たちには少しやさしくなっているかもしれません。誰にとっても、完璧に成し遂げることはとても難しいことです。私が怠慢を嫌っていることは彼女 たちも理解しています。上の子供たちに対して、母親としての接し方が少し変わりました。私は、彼らの親であり、また友達でありたいと考えるようになりまし た。これは、とてもおもしろい部分です。親は子に対して友達にはなれない、親は常に親であるべきだと言う人がいるかもしれません。でも親は子供に対して親 にも友達にもなれると私は思います。ただ、それには正しい判断と正しいタイミングを知っておく必要があるでしょう。彼女たちの母親として、そしてまた彼ら の友達として接する時間を楽しんでいます。子供たちへの愛情を身を持って行動で示すことを最近10年で学びました。その前の私は、マニュアルどおりの母親 でした。子供たちには、あれをやりなさい、これをやりなさいって厳しくて。日常のつまらない流れ作業みたいな感じでした。軍隊の訓練教官みたいでしたね。 私の母親はいまだに私のことを訓練教官って呼びますけど(笑)。
私は、家族ひとりひとりが互いに思いやり、やさしい気持ちを持った人間になって欲しいと願っています。そうすれば、私もやさしい母親でいることができるん です。私たち家族はとても強い絆で結ばれています。時には喧嘩をすることもありますが、お互いをよく理解しているんです。彼女たちが私に今年の「ベスト・ マザー賞」をくれるかどうかはわかりませんけれどね(笑)。
─それでは恒例の質問ですが、ハワイのおすすめのお店や場所など教えてください。
■Jackie:ちなみにロバートの答えは何だったのかしら?
─ロバートさんのお気に入りのお店は、「とっくり亭」でした。
■Jackie:Oh!それは、(ロバートはとっくり亭で)いつもタダで食事できるからよ(一同笑)。お気に入りのお店ね?難しいわね……、
そう!パラマにあるヤングス・フィッシュ・マーケットです。美味しいハワイアン・フード、ポキも美味しいし、ラウラウもあります。最高のポキがあります。 それは、リム・コフ(紅藻)入りのポキです。お店の人たちも、とても親切でいつも混んでいるけれど、とてもおいしいハワイアン・フードを提供しているお店 です。
おすすめの場所ね?私は、ハワイで過ごしている時は、「ビーチ・パーソン」なんです。ビーチに行くのが大好き。中でもワイキキのビーチがお気に入りです。 日焼けをしにビーチに行く時は、もちろん子供たちを連れてカネオヘの家から車を走らせてワイキキのカイマナ・ビーチに行くんです。
─ロバートさんもカイマナ・ビーチはお気に入りの場所だと仰っていましたよ。
■Jackie:そうでしょ!ロバートと私は考えることが似ているのよ(笑)。ロバートはどうしてカイマナ・ビーチがお気に入りの場所なのかはわからないけれど、私にとって、カイマナ・ビーチは私のティーンエイジャーの頃の思い出がつまった場所なんです。
ワイキキのショーで踊っていた19〜20歳くらいの頃です。ショーのない日中は友達とビーチで過ごしていました。その頃が人生の中で、本当に素敵な時だっ たと思います。カイマナ・ビーチにはたくさんの素敵な思い出がつまっているんです。それで子供たちがまだ小さい頃、いつもカイマナ・ビーチに彼らを連れて 遊びに行ったんです。私にとって、古き良き(昔の)ワイキキを思い出させてくれる場所がカイマナ・ビーチなんだと思います。
今から30年くらい前の、ワイキキがハワイアン・エンターテインメントで賑わっていた頃のね。本当に特別な気持ちにさせてくれる、そういう特別な思い出が ある場所だから、何十年経っても、何度も行っても決して飽きないんだと思うんです。ワイキキは素晴らしいエンターテインメントがたくさんあります。ご存知 の通り、その他の場所や島々もそれぞれ違った良さや美しさがあります。ワイキキは、私をノスタルジックな気持ちにさせる場所なんです。私にとって、ワイキ キは、魅惑的で、幻想的な場所なんです。また、多くの人も同じような思いでしょう。実際、多くの現地の人たちにも親しまれている場所です。それは、なぜ世 界中からたくさんの人々がハワイを訪れるのかという答えに繋がると思うのです。それは、ハワイは世界中で最も美しい場所のひとつだから。実際その通りなん です。だから、美しい自然や素晴らしい文化を有したハワイを保護し、プライドを持つべきだと思うのです。ワイキキを眺めながら、50年以上もの間、多くの 人たちがこの場所を訪れているんだなと考えるたびに、ハワイという場所は、本当に特別な場所なんだと思うんです。だから、私はハワイが大好きなんです。
─最後になりますが、日本のファンにメッセージをお願いします。
■Jackie:ハワイを訪れてください。「ディスカバー・アロハ!」
過去の歴史において日本とハワイの間には様々な歴史がありました。今でも日本とハワイとの間に素晴らしい繋がりを持てたことに感謝します。
私たちは皆、お互いに学び合っていると考えます。そして、フラやハワイアン・ミュージックを通じてお互いに交流できることを嬉しく思います。
日本人の皆さんは私たちの文化を重んじて敬意を表してくれます。そのおかげで私たちはこのように何度も日本に来て皆さんとお会いできるんです。ハワイア ン・カルチャーに対して最大限の「リスペクト」をありがとうございます。日本の皆さんありがとう。
─今日は長い時間ありがとうございました。
(2005年7月)
(取材協力:ハワイ州観光局)
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