音楽活動、ハワイと日本を結ぶ文化交流と忙しく活動をされている、「KONISHIKI」さん。
ちょうど一年ぶり、2度目のインタビューとなりました。
今回は、KONISHIKIさん、そして、奥様の「TAUPOU」さんも、アルバムを発売されると言うことでしたので、この一年間の出来事、新しいアルバ ムについてお二人にたっぷり聞いてきました。
最後にサイン入りアルバムのプレゼントもありますお楽しみに!
(協力:株式会社KP)(聞き手:KAIMANAHILA)

「音楽が助けてくれる」

−1年振りですね。お身体の調子はいかがですか?
KONISHIKI:そうですね、1月からずっとスケジュールが詰まっていて、それが終わったら風邪をひいたりして。そんなにひどくはなかったんだけど、声がでなくて。いちおう歌手だから、声がでないと仕事にならなくてね。

−ちょうど1年前に、ご自身のレーベルを立ち上げられて、アルバムをリリースされた時にお話しをお伺いしましたが、どのような1年でしたか?
KONISHIKI:去年はすごく良かったよ。北海道から沖縄まで全国を回って。いろんな人に歌を聴いてもらえて。去年はいろんな事があって個人的には苦しいこともあったけれど、今は音楽が助けてくれる。仕事をやりながら気持を支えてくれたのが、音楽でしたね。

−ハワイアン音楽、ハワイ文化をできるだけ多くの人に知ってもらいたい、というお話しを以前も聞きましたが、1年を通してどうでしたか?
KONISHIKI:思っ たよりウクレレやっている人も多いし、ハワイ好きな人も多いし、新しくやりはじめた人も多いと思います。フラだけでなく、ハワイの文化や音楽を好きな人も 多いなと思った。去年があって、今年またステップアップする感じがするね。ハワイ音楽を好きな人が増えているということで、ラジオ番組も任せられることに なって、自分のしたいことをメッセージできる場所ができて、いろいろなチャンスを与えてもらっているので、すごく良かったと思っています。

−ハワイを伝える場所が少しずつ増えてきているような気がするのですが。
KONISHIKI:他の音楽の世界、他のジャンルと比べたらまだまだ場所は少ないなと思います。すごくマイナーな扱いだし、もうちょっと知られるためにどうしたらいいかな、と考えています。今度はプロモーションをやりながらほんとのライブをやりたいと思っています。
ハワイのミュージシャンのレベルが高いことをみんなが知らないという感じがあるのでね。
ブームになっているジャワイアンなどは、ハワイでは20年前ぐらいからあるんですよね。
今のハワイの音楽は、レゲエ、R&B、ヒップホップが主流の音楽だけれども。3つのジャンルが1つになっている音楽を作っているのはハワイ以外にないん じゃないかな。

−相撲の世界で、ハワイからKONISHIKIさん達が出てきたように、音楽やアーティストやアートの世界でも、どんどん日本に才能ある人がたくさんハワイから入ってくるのでしょうね。
KONISHIKI:そうですね、少しづつ解ってもらってきていると思います。でも、昔も、カラパナとかセシリオ&カポノとかすごく流行ったでしょ!今でも売れてますよね、カラパナとか。
最近はフラ=ハワイアンということで、音楽性の部分が消されたっていうことはあると思います。ちょっとみんな勘違いしているところがありますよね。フラと 音楽を一緒にしたら困る、音楽がないとフラはないわけだから、音楽というメインのものに対する認識が薄いように感じています。
有名なアーティストが日本にもたくさん来ているのに、ぜんぜん宣伝をしていなくて、音楽よりもフラがメインになっている事が多いですよね。踊りをみんな見 に来るようになっているので、ちょっと違うような気もしています。
「音楽は自然に出てくるのがいいと思う」

−エンターテイメントとして、もっとハワイの音楽をみんなに聞いてもらいたいというこですか。
ところで、KONISHIKIさんの1年振りのアルバム「HAWAI'I TIME(ハワイ・タイム)」ですが、すごく力が抜けていて、ゆったりしていて、昨年のアルバムとは印象が違う気がするのですが?

KONISHIKI:そうでしょ!去年のアルバムはすごく力が入っていた、頭を使ってたね。
音楽は自然に出てくるのがいいと思う。形よりも雰囲気を大事にしてやりたいというのが僕のやり方なんだけど、去年のは、ちょっとカチカチだったかな。集中 力が普通じゃなかったし、自分らしい自分というより、やらなきゃいけないんだ、何かを残したい、という気持が強かったのかもしれないね。
もちろん今年も何かを残したいけど、前の年はいろいろあったから重みが違うんだね。
やっぱりレコーディングスタジオに入ったら気楽に、自分の店で歌っているぐらいの気分にならないとダメって思うんだけど、去年の場合はそれが出来なかっ た。もちろん、去年のアルバムもすごくいいと思っているよ、このアルバムに助けてもらった部分も多いし、音楽を通じて何度も泣いたしね。何回泣いたかな? ステージの上で。
もう我慢しないって決めてたからね。泣きたかったら泣くと。

−去年アルバムを作って、全国を回って、いろんな人達と出会って、心境の変化はありましたか?
KONISHIKI:僕も、日本に来てもう24年でしょ。ハワイでゆっくりした実感が今までなかったのね、去年は初めてハワイに連続5週間いたんだけど、いろいろ考えたね。そして、今回のアルバムタイトルが出来た。
僕自信はどこが変わっているかとはっきりはいえないけれど、今まではこれもやろう、頑張ろう、やるもの何でも成功しようと思っていた。
今は、何のために成功しようとしているのか。考え方がちょっと変わったね。
「HAWAI'I TIME(ハワイ・タイム)」というタイトルは、元に戻りたい、という事だね。最低限のものがあれば何とかなるっていうことをすごく思ったね。

−20年ずっと日本にいらして、ハワイにまとめて帰る時間もないうちに、すっかり日本人になってしまって、ハワイアンという気持を忘れてしまっていた?(笑い)
KONISHIKI:そ れはないけど、ただ自分の家族というリズムがあって、そのリズムが、仕事が仕事だから、名前がKONISHIKIという人間になると、なかなか KONISHIKIのまんまでしか受け入れてもらえないというジレンマがある。甥っ子や姪っ子にしてみれば、おじさんがKONISHIKIというややこし い気持があって、整理がしにくいと思う。それを見ることはちょっと悲しかったね。でもハワイのオヤジだけは変わってない。どんなKONISHIKIでも関 係ないと。今でも怒られているし。自分の息子としてしか見られないというのが、すごく嬉しかった。
また、そういうことにゆっくり触れることができたのが大きな変化なのかもしれないね。

−今回のアルバムがすごくリラックスした、まったり感じに仕上がっているのはそういう影響があるのかもしれませんね。
KONISHIKI:そうだね、やりたい事をたくさんやって、すごく気持ちよく作ることができたね。

−オリジナルとカバーが半々ぐらいですけど、カバーを選ぶ時の思い入れのようなものは何かあるのですか?
KONISHIKI:子供の頃に歌ったものに戻っているよ。今までずっと歌っていた曲ばかりだから。
「Wahine Ilikea」この曲も、モロカイの曲ですごく大好きで、若い頃もよく歌っていた。今まではやろうと思っていて忘れていたんだけど、今年は絶対に忘れない と思って入れたんだよ。

−森山良子さんの曲(この広い野原いっぱい)は?
KONISHIKI:うちのメンバーが、絶対歌って欲しいって。すごく良かったよ。

−オリジナルはどういう時にどういう想いで作っていらっしゃるんですか?
KONISHIKI:「Nanakuli」は家の思い出、故郷ね。悪い場所だけど、元気で生きていられるよという、ナナクリ魂、みんな誇りを持って、という気持が強いね。
「Pretty Hula Girl」も、奥さんをイメージして書いたね。奥さんのことばっかりだね(笑)。「Lalala...Luvu」もそうだし。「Hawaiian Time」は自分が目標にしたことが詞になった。もっと時間の使い方をゆったりと使ったほうがいいんじゃないかな、って思って。もう20年もやっているか ら、そろそろロー・ギアに変えないとだめだなって思って。

「夢は見るものじゃなくて叶えるもの」

−奥様をイメージして書いた曲が多いということですが、結婚なさって奥様が音楽活動やフラをやるようになって、何か変化があったりしましたか?
KONISHIKI:何にも変わってはいないですよ、楽ですね、すごく。楽しいし。家の中と同じだし。
彼女の夢もあるし、僕が力になれればいいと思うし。
いつもハワイや日本の子ども達にも言っているんだ、夢は見るものじゃなくて叶えるものだよって。
もともと彼女も歌が大好きだから、出会った時からね。
詞を書くのは、普段の言葉を音楽で伝えればいいんだよ。みんな難しく考えすぎるよね。みんな形ばっかり考えているよね、僕はそういう風には詞をかけなく て、言葉を気持のまんま書いているよ。
彼女のペース、僕のペースそれぞれがあって、やりたくなければやらなくていいんじゃない、ってそういう感じだから。今は2人だけだし。今の環境では合って るよね。子どもが出来たらリズムを変えないといけないかもしれないけど、今は犬が2匹だけだしね。
今の生活にはすごく合っていると思うよ、仕事も夫婦一緒にできるし。

−ハワイだと家族で音楽をするのは当たり前ですよね。
KONISHIKI:そう、当たり前だよね。僕はもう将来、未来を見ているよ、ジャクソン5みたいに。

−KONISHIKIファミリーで。
KONISHIKI:マイケルジャクソンとかジャネットジャクソンみたいな子供が生まれてくるよ。
TAUPOU:どうかな?太らないように気を付けないと。
KONISHIKI:大丈夫、ベジタリアンにするから(笑)。

−今回は、奥様のTAUPOUさんのCDも出て、どう評価されていますか?
KONISHIKI:上手いよ、もともと上手い。彼女のいいところは、ステージに上がって、ステージのオーラがあるということ。楽しんでいるよね、ステージを。それはすごく大事なこと。
コンサートは曲を決めるけど、僕はほんとは曲を決めるのが大嫌いなんだ。いきなり本番がいいくらい。本番で違う曲をやったりしちゃうし。お客さんの顔を見 ながら曲を選びたいからね。お客さんが年配だったら最初に「北酒場」を歌おうかなとか、それが本当のライブだと思う。

−ハワイではそうですよね、いろんな人が楽器をもって上がってきて、その場で「何やる?」っていうような。
KONISHIKI:みんな知らないよね、ハワイの人がいろんなジャンルを歌えるってことを。それをみんなにもうちょっとわかってもらいたいな。

−奥様はKONISHIKIさんとご結婚される前は、音楽の勉強なさっていたということですが、ハワイアンは?
KONISHIKI:ハワイ行ったことなかったもんね。
TAUPOU:そうですね、テレビとかで見て行ってみたいな、というぐらいで。

−きれいな海があって、というようなステレオタイプのハワイという認識ぐらいだったのが、ご結婚なさって変わったわけですよね。
TAUPOU:そうですね、それまでハワイの歌もしらなかったですし、出会ってからCDをもらって聞いたりして、ああ、いいなって思って。
KONISHIKI:良かったね。
TAUPOU:そうですね(笑)。

−ハワイアンを聞いて、いいな、と思ったということですが、ある部分ではKONISHIKIさんと一緒に生活して行く上で必要な勉強というところもあったのですか?
TAUPOU:必要だから、ということではなくて、自然と入ってきた感じですね。

−ハワイアンを歌うというのは、音楽の基礎があっても難しいものですか?
TAUPOU:ハワイアンは聞いていてすぐに入ってくるタイプだったので、入りやすかったですね。
KONISHIKI:すぐ覚えるよね、すごく早いよね。
TAUPOU:ハワイ語がけっこう難しいというのがあるのですが、曲自体はわりとすぐに覚えられました。

−ぴったりくるものがあった?
TAUPOU:ハ ワイアンって地声と裏声を使うじゃないですか。もともとミュージカルの勉強をしていたので、ファルセットの勉強などもしていたので、ハワイアンの地声と裏 声が行き来する感じにすごく魅力を感じていて、おもしろいな、って思っていました。歌ってみたらわりとすぐに出来て。それがはじまりですね。

−不思議なものですよね、KONISHIKIさんと出会って音楽をやって。
KONISHIKI:だって音楽が好きじゃなかったら僕と生活できないもの。朝から晩までガンガン音楽聞くし。あと一緒にハワイアンのライブをたくさん見ているのもいいよね。
TAUPOU:最初から本場のハワイアンを見たり、聞いたりしたことはすごく良かったですよね。
KONISHIKI:そう、言葉に関しては僕はけっこう厳しいから。ハワイ語の発音とか。うちのフラの先生もみんなハワイアンだから、もっと厳しいよ、これはダメとか。
日本の人もハワイ語はもう少し勉強して欲しいなって思うこともあるよ。

−ハワイ語は、会話ができるぐらいですか?
TAUPOU:そこまではいかないのですが、フラのレッスンはハワイ語と英語でやっているので、フラの用語はわかるようになりましたね。

−フラはいかがです?
TAUPOU:初めて2年目です。
フラは難しいですけれど、キレイに踊れたら魅力的なダンスなのでいいな、と思います。
最初から本物を見ることができたので、それはすごくラッキーだと感じています。

−今回のアルバム「HULA HEART(フラ・ハート)」、どのような思いを込めていらっしゃいますか?
TAUPOU:フラをやっている皆さんのために作ろうと思って始めたので、これを聞いて、私の歌で踊って貰いたいな、と思っています。

−これがかかっていれば、誰かが踊れる、というような選曲になっていますよね。
TAUPOU:そうですね、有名な曲がたくさん入っていますから。

−初めてのアルバムとして、ハワイでもたくさんのミュージシャンがアルバムを出しているトラディショナルソングを歌うというのは勇気がいるのではないですか?
TAUPOU:もともとエイミーさんのファンで、ずっと聞いていていました。
これが今、私が歌ってみたいなって思っていた曲なので、あまり難しくは考えないで、ただ好きな曲を歌いたいと思いこうなりました。
KONISHIKI:それが大事だよね、歌いたい曲を歌うというのが。迷うことはないよね。

−人が歌っているからどうのこうの、っていうのではなくて、トラディショナルソングを私が歌うとこうなる、ということですね。
KONISHIKI:自分が全部選曲しているし、ステージでも歌っているし。せっかくフラもやっているし。

−ライブで鍛えているというのは、ハワイ的ですよね。
TAUPOU:最 初はとまどいましたね。日本人って楽譜から入って、こうやってこうやってここに戻って、とか細かく決めるじゃないですか。もちろん私も舞台をやっていて台 本通りとか楽譜通りってやってきたので、最初はすごくとまどったし、文句なんかも言っていたのですが、だんだん慣れてきて、いいのかどうかわからないので すが、良い意味でいい加減になりましたね。
KONISHIKI:いい加減というか、もしお客さんがすごく盛り上がったらもう1回歌った方がいい、ってなるし。そういう事だよね。
TAUPOU:それがライブの良さだよね。
KONISHIKI:僕はそういうやり方が好きで、いきなり楽器なしで歌い始めたりしても、みんなついてくる、みんなもだんだん慣れてきて。それがプロだよね。ハワイアンミュージックはそうだもの。日本はかたいよね、日本のフラはCD通りじゃないと踊れないっていうもんね。

−アルバムの中にもそういうライブの気持が入っていますか?
KONISHIKI:そう、いつもライブ形式でやるの。全部一回で録音するんだ。ステージも、リハーサルはほとんどやらないし。

−ハワイのミュージシャンのすごいのは、ギターがたった2本でも音が厚いという感じがしますよね。普通ギター2本っていうと寂しい感じがするけど、ハワイアンのミュージシャンだと不思議とそうならないですよね。
KONISHIKI:そうだね、4人いれば4人が違う声出すしね。

「ナナクリ・ドリーム」

−奥様は初めてハワイに長く滞在されてどうでしたか?
TAUPOU:すごく大好きになりました。KONISHIKIの実家の方の魅力などもわかってきましたし、そこにいると落ち着く感じがします。

−大好きなお薦めポイントとかはありますか?
TAUPOU:え、もうナナクリの家ですね、KONISHIKIの。家にいるのが一番落ち着きますね。

−観光バスが止まるところですよね(笑)
KONISHIKI:そうだね。最近たくさん止まるよね。
KONISHIKIの家を見れば、みんな夢を持つよ。子ども達の親は僕と同じ世代だし、おじいちゃん、おばあちゃんは、地元だったらみんな僕の家の事知っ てるし、「あの家は昔すごく貧乏だったよ」って。僕が話をしなくても自然とそういう話は出てくるから。

−ナナクリドリームですか。
KONISHIKI:そうね、僕の近所にはプロのフットボール選手もいるし、有名なコメディアンもいるし、僕の地元はそういう人がたくさんいるよ。でも、活躍して戻るのは僕ぐらいかな、あとは武蔵丸もそうだよね。マカハのほうで。やっぱり故郷が好きだよね、なんだかんだいって。
日本は時間がすごく走っているでしょ。ハワイとは常識的なものが違うことが多いかもしれないし。だからヘンに見えることもある。例えば、ハワイでは子供も 小学校3、4年生になったら独立しているし。もう子どもじゃないもんね、なんでも当たり前にやらせるし。子どもの受験もないしね。日本の子どもは、物とか お金はたくさん持っているけれど、人間的に貧しく感じるときがあるよね、外見という物ばかり気にして、内面がついて行ってないと感じるときがあるね。
僕は一番厳しい相撲の世界を見ているし。そのままが日本の社会だと思うし。例えば学生相撲でも、3年生と4年生だったら、4年生が王様みたいでしょ、ハワ イだったら考えられないことだよね。

「24時間自分らしくいられる」

−日本も最近は病んでいて、暗いニュースが多い。だからこそハワイに癒しを求めるというような事があるのでしょうかね。
KONISHIKI:ペー スが全く違うしね。ゆったりして、悪く言えばいい加減という、そういうのが外国は多いじゃない、それが僕達にとっては当たり前、普通だから。日本人は完璧 主義だから、完璧にやらなきゃいけない、やろうやろうとしているものが多くて。でもそれは、外見だけ、中身がない、気持はないけど、やらなきゃいけないと いうような立場でしょ、だからみんなハワイで気楽にほっとするんじゃないかな。

−KONISHIKI さんにお話しを聞いたり、いろんなハワイアンの人に話を聴いたりすると、ハワイアンは家族を大事にして、自然を愛して、音楽を愛して、という生き方がずっ とあって、そうやってハワイアンの人達って普通に生活しているんですよね。あまり物事を気にしないで、ストレスを溜めないで。
KONISHIKI:そ うだね、ハワイの人達は余計なストレスがないと思うよ。気を遣う分がない、自分らしくいられる、24時間自分らしくいられるんだよね、ハワイの良いところ は日本人だとかそういう事は関係なくて、誰にでもオープンなんだよ。だから、日本人が一生懸命ハワイアンになろうとするのはおかしいよね。僕の同級生に日 本人もたくさんいて、日本の文化もすごく大事にしているし、僕もサモアの文化を大切にしている。お互いの家に行くから、自然にお互いの文化を理解して大事 にするようになるんだよ。
日本のフラの先生とか、アロハスピリッツってすぐ言うけど、アロハという言葉の意味を、あんまりわかってないんじゃないかと思うこともあるよ。簡単にアロ ハ!、アロハ!って言う言葉じゃないんだよね、アロハはハワイに行かなくても、日本にあるものだよ、って僕はいつも言うんだけどね。自分の中にアロハが あって、アロハって言葉にはいろんな重みがあって、人が許せるとか、人のためにやることとか、やったからって見返りを期待してはダメだし、ボランティアの 気持と同じじゃないとだめだよね。

−今年ハワイでは雨が長く降って、汚染物質のせいで海で人が亡くなったりという事がありましたが、ハワイでも自然が壊れてきているという事に関して、何か 感じている事などはありますか?
KONISHIKI:いっ ぱいあるよ。僕が住んでいる町の手前はみんなサトウキビ畑だし、山も全部パイナップル畑だったけど、そういうところが10年ぐらい前からゴルフ場になった りしている。やっぱり自然を1回壊すと戻せないからね。なんとか海ぐらいは守りたいと思っている。うちの地元はそういう気持がすごく強いかもしれないね。 だからあまり高い建物もないしね。そういう強い力はあるよね。自然はたくさん残したいよね。

−最後になりますが、アルバムが2枚発売されて、これからプロモーションがいろいろ始まると思うのですが、今後の活動予定や、次に向かっての目標などあれば教えていただけますか?
KONISHIKI:いままで通りだね、コツコツとやるしかないし、日々地道な活動をやっていくことだよね。
TAUPOU:全国を回って、一人でも多くの方に歌を聴いていただきたいですね。ライブハウスを回って、聞いてもらわないと始まりませんから。
KONISHIKI:ちっちゃなレーベルだからね。彼女もライブの楽しさを知ったからね。途中で僕より彼女のほうが人気があったからね。
TAUPOU:「君へ」という曲があるのですが、女性の方に支持してもらって。
KONISHIKI:すごくこの曲は影響が大きくて。お台場のステージでも「君へ」という曲を聞いて悲しい気持ちが収まったという女性もいたし。悲しい気持ちは忘れることはできないからね、1年や10年でも忘れられないしね。
こういう曲を聞いて助けられる人がいたらいいと思っているよ。

−ありがとうございました。

(2006年6月)


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■KONY MUSIC KONISHIKI 第2弾オリジナルアルバム

タイトル:HAWAI'I TIME (ハワイ・タイム)
価格:2,800円(税込み)
品番:KMEK-003
発売元:KONY MUSIC EDUTAINMENT
2006年6月21日発売
〜嬉しい時間、楽しい時間、気持ちいい時間 それが 、HAWAI'I TIME!!〜

■TAUPOU 第1弾 フラ・ソング・アルバム

タイトル:HULA HEART (フラ・ハート)
価格:2,200円(税込み)
品番:KMET-004
発売元:KONY MUSIC EDUTAINMENT
2006年6月21日発売
HULAの心が届きますように!〜Hula Diva,TAUPOUが贈る、HULAの名曲11の宝石〜

お問い合わせ
KONY MUSIC EDUTAINMENT TEL:03-6619-4560
KONISHIKIオフィシャルサイトhttp://www.konishiki.net/

KONISHIKI &TAUPOU からサイン入りCDを各2枚プレゼント!!
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