「踊る東大助教授」のキャッチフレーズで有名な先生ですが、フラは初心者なのでこのキャッチフレーズは困るおっしゃっていました。
ハワイの歴史、フラとハワイの関係など学術的に研究されている先生のお話、とても興味深いモノになりました。(聞き手:Kaimanahila)
−どのようなきっかけでハワイに学問的興味を持って、研究するようになったかという事をお聞かせいただけますか?
矢口:一番の理由は、僕の仲がよい研究者がいるのですけれど、その人がハワイ大学に就職したんです。それでハワイに遊びに行きました。その時にオアフ島のいわゆるワイキキの外の色んなものを見せてもらって、それで初めておもしろいなと思ったのですね。
ですから、それまで僕はハワイと全然関係のない研究をして、ハワイのことをやるつもりも全然なかったのです。動機は非常に単純というか、あんまり高尚な動 機はなくて、友達が引っ越したからというのが直接の理由です。
ただ、ハワイの研究というのは色んな意味でおもしろいですね。
僕はアメリカ研究が専門で、ここで(東京大学)アメリカ研究をしているのですけど、アメリカのことをやると、人種のこと、民族のこと、移民のこと、あるい は先住民のこととか、色んなことが絡んでくる訳ですよね。アメリカ合衆国の歴史の場合は。
そのような様々な事が、ハワイという比較的限られた空間の中に、ある数百年の歴史の中で凝縮されているというのは、研究者としては非常に魅力的なところな のです。
研究の動機としてはそのようなことで、あとは資料も豊富にあるということで、学問的に、これはおもしろいと思いました。
今でもハワイだけではなくてアメリカのことなど、いろいろなことをやっているのですけれど、ハワイのおもしろさはそこにあると思います。
−アメリカ研究の中でハワイというのは狭い地域の中でアメリカの縮図的な地域であるということですか?
矢口:い ろいろなところから移民が来ている。その移民が定住して、彼らの伝統と、土着の文化が様々な交流を持ちながら定着していくということで、そういう過程とい うのは、丹念に見ていくと、ただ単になかよしの融合だけじゃなくて、対立があったり、あるいはその中でまるっきり新しい伝統の創造があったり、文化論とい うか比較文化論としてはとてもおもしろいですね。
日本の研究者で日系人のことを研究している人は多いですけれど、ポルトガル系にしても、スペイン系にしても、ドイツ系にしても、様々な移民のことを比較研 究していくとおもしろいことが見えてくるのですね。研究者の数も意外に多くないですよ。不思議なことに。
やはり、ハワイというと特定のイメージがあるので、僕もハワイに出張に行くと言うとみんないいねっていいますね。僕の周りの先生方が東海岸とかに行くと大 変ですねって言うのに、僕が海外出張に行くとみんなうらやましいという感じで。
やっぱり観光地として見られているからなのでしょうか、意外な程、研究者は少ないです。
それもやりがいのあるというところですね。
今でも色んな人がハワイに入って来ています。観光客にしても、今はもう日本だけじゃなくて、アジアだと韓国とか中国とかからも大勢やってくるし、ベトナム 戦争後だと移民がベトナムからずい分入っている訳ですよね。最近のことを研究するにしても、おもしろい分野だと思います。
−最近、フラなどを通して、ハワイの歴史に興味を持っている方が増えていると思うのですけれど、ハワイの歴史の特徴はどういう風に捉えれば良いですか?
矢口:一番大切なのは、ハワイに国があったということだと思うのですね。
今ハワイはアメリカの一部ですけれども、その前はひとつの国だったということを覚えておくことが大切でしょうね。
それはどういう国だったのかということと、どうしてその国はなくなってしまったかということを考えることが大切だと思います。
特にフラをやる場合は、国とかハワイ文化への思いをすごく語る曲とかもありますよね。
だからその言葉の意味を理解するためには、ハワイがひとつの国だった事をまず知っておくことですね、しかし、国だった期間というのはそんなに長くなくて、 その前は各島に王様がいて、戦いがあったりするわけですけれど、ひと言で言うのだったら国だったということを忘れないということだと思います。
−国であったところがある日突然国でなくなってしまうというのは、歴史上あまりない事ですか?
矢口:世界に植民地は沢山あるのですけれど、国際的に認められた近代国家が、ある日突然なくなるというのはそれ程多くはないです。そういった意味では、忘れてはいけない例だと僕は思います。
−イデオロギーだとか戦争、独裁者が出てということではなく、国際社会の中で何か問題があったという訳ではないのに国がなくなってしまったというのは非常に特殊なケースですよね?
矢口:それは、当時のアメリカ合衆国が何をしていたかということだと思うのです。
アメリカの歴史とすごく関係して、今のアメリカとすごく繋がっているのですけれど、アメリカがだんだん、国際的に力が強くなって、外へ進出していくのは 1890年代からですから初期の頃ですよね、ハワイがアメリカに取られるというのは。
20世紀に入ったらご存知のようにアメリカはどんどん[海外の]領土を増やしていくわけですが、その最初の方でハワイとかフィリピンとかグアムとか、ある いはキューバとかパナマとかに手を伸ばしたと言うことですね。
−フラをやると、文字がまだなかった時代のハワイの神話が題材になっていたりするのですが、文字がなかったということは口承で伝わっているということだと思うのですけれど、あまり、文字がなかった頃のハワイというのが、イメージ出来ないのですが?
矢口:僕もそこはよく想像がつかないのですけれど、僕らは文字が無いことは、すごいことのように思いますが、文字がずっとないところでは文字がなくても普通だから、そんなに困ることでもなかったのでしょうね。
文字があるなしに関わらず、ここ100年位は、口承伝承の力がだんだんなくなってきたと言われていますけれど、やはり当時のハワイでは言葉で伝えていくと いうことがすごく重視されていたのだと思います。
ただ、文字がないといっても、ある意味ではフラも文字のようなものだったのかもしれませんね。体で表現し、記録を残す。文字は何かという定義をどうとらえ るかということでもありますけれど、記録を残すということではフラは記録ですから、文字代わりになっていたといえるでしょうね。
−例えば、ペレの神話は、今はひとつの話という風になっていますけど、口承で伝わってくるということは、いろいろな話があったのでしょうね?
矢口:すごく複雑です……僕も正直言って、色々あってよくわからない部分があります。
19世紀の末にペレの話などをまとめた人がいるのですが、彼がまとめたものを読んでみても、いろいろなバージョンがある訳です。彼も全部採取している訳で はないし、もう我々の知らない間になくなってしまったものも沢山あると思います。
だからペレの物語ひとつ取っても色んなバージョンがあるのじゃないですかね。
そのどれもが、どれが正しいとは言えないと思います。
フラの起源ひとつ取っても、カウアイ島だったり、モロカイ島だったり、いろいろある訳であって、それはそういうものじゃないのですかね。どれが正しいとは 言えないと思います。
−先生の本を読ませていただくと、クックのハワイ発見、カメハメハ王以後というのがひとつのターニングポイントだというようなお話をされていらっしゃいますが?
矢口:クック、カメハメハ以後を、僕もよく書くのは、記録があるからなんですよね。
僕らが歴史をやる時、どうしても記録というか、資料をほしがるのです。
クック、カメハメハ以後は資料があるから書けると言うことがあります。
その前何百年も歴史は、存在する訳で、本当はクックが来る前の歴史をもっともっと勉強しなければいけないのだと思うのですけれど、そこはなかなか難しいで すね。
考古学としては、様々な研究をやっている人がいますけれど、いつこういうことがあって、どうだという記録は無いので、わからないことが多いんです。
特にフラをやっている人はそれより前のことをもっと研究できたらいいのだと思うのですけれど。
−日本とハワイの関係性は学問的にどうとらえてらっしゃいますか?日系の方も多くいらっしゃいますが。
矢口:日本には日系の研究をしている人が沢山いまして、ハワイのことをやっている人、カリフォルニアのことをやっている人などいらっしゃいます。
ハワイというのは日本の研究者の数が少ないと言いましたけれど、日系研究をやっている人の中では割と親しみのあるところです。
僕はどちらかというと観光などに興味を持っているので、そういった意味でハワイは大切かなと思います。
日本からの海外観光地としてハワイはすごく重要で、ハワイにとっても日本が大切な訳で、その時に日本からの観光が今日のハワイの文化とどういう関係にある のか、いい影響もあるのかもしれないけど、悪い影響もいっぱいあると言われていますよね。
例えばローカルを求めるといって、どんどん日本人が色んなところに行くことは、いいことなのか悪いことなのか。
ある意味では、ローカルのことを知るのは、僕はいいことだと思うのですけれど、ワイキキの外に出て色んなところに日本人が行くことで迷惑している人もいた りする訳であって、すごく難しいと思います。バランスが。
ハワイというのは、今日の観光の意味を考えるためにとても重要な場所だと思います。
21世紀の産業のひとつとして観光というのはハワイに限らず非常に重要な産業になってくる中で、我々は他の国とか他の文化をどう見るべきか、どう体験する べきかというのを、僕自身はハワイを通して考えることができればいいなと思っています。
− ここ数年、ハワイに行くっていうことをカミングアウトすることがあまり恥ずかしくない時代が来ているような気がします。私ハワイ好きっていうことが平気で 言える時代がここ10年位来たのじゃないかと…なんかその前はちょっと気恥ずかしい気がしていたのですけど、その辺の変化というのは感じられますか?
矢口:そ れは、多くの人がいわゆるただワイキキのビーチで寝そべってというだけでなく、それを超えて本物のものを見ようという意識が強くなったのだと思います。フ ラでもそうですし、何でもいいんですけど、ワイキキ以外の、オアフ以外の島、モロカイ島に行ってみようとか、ラナイ島に行ってみましょうとか、より本当の ハワイを見るようになることでハワイ体験というものに厚みが出てきたから、ハワイに行くってことがそんなにバカにされるものでもないということに変わって きたのだと私は思います。
そういう本当のハワイを知りたいという欲望は、僕は良いことだと思うんだけれども、じゃー本当のハワイとは何だと言われるととても難しいですね。
学問的に言っても難しくて、簡単には言えないんだけれど、今日の観光が悪いのかと言われると、ハワイは観光産業なしでは成り立たない訳であって、どういう 風にバランスを考えるかということだと思うんですけど。
−メインランドの人も今、ハワイに興味があるみたいで観光客がすごく増えていますよね。メインランドの方というのはハワイをどういう風に捉えているんですか?
矢口:メインランドからの観光客のハイシーズンは冬で、避寒地ですよね。
安くはないのですよ。ハワイって。アメリカ本土から来ると全然安くはないので。
どんな感じなのかな……例えば日本の人は行って買い物しますよね。メインランドの人はしないですね。主にやっぱり海ですよね。メインランドの人はビーチ中 心ですね。
その中でも日本と同じようにワイキキ以外のものを求めるって傾向は強くなっているんだと思うんです。
いわゆるエコツーリズムとかね、本物のものを求めるという観光のスタイルは世界的なものなので、ある程度は共通していると思います。
− フラはメインランドの人にとってどういうモノなのですか?
矢口:日本がダントツに人気ですよ。カリフォルニアにも結構ハラウはあるけど、カリフォルニアのハラウはハワイの人が多いですよね。
本人はハワイ生まれじゃないんだけど、お父さんとかおじいちゃん、おばあちゃんがハワイアンだったという人が結構踊っていますね。でも、日本と比べれば少 ないですよ。
西海岸中心ですよね。ニューヨークに歴史的にフラを演ずるようなホテルがあったりはしたんですけど。フラの理解はあまり無いですね。
−先生もフラとハワイの本をお書きになっていますが、ハワイにとってどういうものなんですか?
矢口:フラは、昔は当然とても大切なものだったようです。
ある意味では歴史の記録がフラを通して行われたということもありますから。
過去を記録するってことは、権力を記録することでもあるから、権力者にとってはとても重要なことであって、そういった意味でフラというのは、すごく政治的 な側面も持っていた訳です。
昔フラが大切だったのは明らかで、だからこそ宣教師が来て禁止をした訳です。
どうでもいいものだったら放っておく訳なので、絶対ダメと言ったのはいかにフラが強力だったかということだと思うんです。
実際、宣教師が残した、様々な記述があるんですけれど、ビーチでハワイの人がフラを踊っていて、その周りに何百何千人もの人が集まって見ているという記録 があるんです。
それを見て宣教師はものすごく驚いているのですよ。
ある意味ではこの力を利用して自分達の宣教活動に使いたいというのもあったのだけれども、
我々の活動から気を逸らしてしまうものはダメだということもで禁止されたようです。
今日もフラはハワイアンの人のアイデンティティーにとってすごく大切なものですよ。
ハワイには色んな伝統がある訳だけれども、とりわけフラが大切だっていう風にされています。
そういった意味では、今日のフラも政治的な側面があるというか、フラを通して自分はハワイアンであるということを主張している。
ハワイアンであるってことを主張するということは、例えば土地の返還、ハワイアンだけの学校を維持していこうという経済的、政治的な要求にも関係してくる ので、今日でも大切だと思うのです。
昔のフラと今日のフラが違うのは確かで、でもそれはある意味で当たり前です、何百年も変わらない姿のものなんてない訳ですから、当然だとは思います。
今日のフラはどんどんおもしろくなっているのじゃないかと僕は思います。
−宣教師は禁止した理由を、日本で書かれている本には裸同然で腰ミノだけで踊るような風俗としてそれはいけないという話がありますが、実はキリスト教の信仰と結びついているところなのですか?
矢口:もちろんそうです。
初期の宣教師は、実は来た当初は、これは僕が調べた限りなのですが、来て1年、2年はそんなにフラのことを悪く言ってないんですよ。逆におもしろいものを 見たと書いています。
でも、だんだんフラの意味がわかってきて、フラがハワイアンを団結させるものであるとか、キリスト教の信仰と違う、一致しない、あるいはキリスト教の信仰 と矛盾するようなことを、フラを通して人々は強く信じているということがわかるようになってくると、フラはいけないものだという風に言う訳です。
だから、淫らだとかなんだとか、そういったことも、もちろんあるのだけれども、自らの宣教戦略に邪魔になるというのが一番大きなものだったんだと思うんで す。
使える時は使っていたというのもあって、とにかく人がいるところで宣教師は話をしたいですから、まずフラをやって、その後に神様の話をするということも やっていました。
最初、ほんとに短い時間ですけど、妙な共存をしていた時もあるわけです。
さらに、フラをすると酒を飲むということを宣教師はだいぶ言っていますが、それが本当かどうか僕には判断がつかない。フラをやった後、ドンチャン騒ぎに なって、それはいけないと言うけれど、どこまでが本当だったのか、その辺はわからないですね。
−禁止されている間も中央ではやってなくても、ローカルの村祭的なものの中ではずーっと伝わってきていて、それが今日も伝わってきていると考えられますか?
矢口:ハワイ政府はダメだと言うけれど、規則は規則であって、実際はいろいろなところで行われていて、今日の形に繋がっている。昔と今は違うけれども、流れが切れているかというとそうではなくて、脈々とした伝統は受け継がれているのだと思います。
−観光という先生の専門で見ると、フラは役割を果たしていて非常におもしろいものですよね。
矢口:やっぱり観光地に行ったらフラをやっていますものね。
それで、ああハワイ文化っておもしろいなと思う人も結構いるのだろうから、まあいいんでしょうけど。
やはりフラというと、変な腰振り踊りというようなイメージがね。タヒチアンと完全に間違えている人もいる。
でも、今、ハワイの観光地で見られるフラはレベルが高いですよね。ホテルでやっている人などは、すごく上手ですよね。
−先生もフラをやってらっしゃるということなんですけれども。
矢口:僕はダメですよ。本のタイトルになっちゃったから皆に知られてしまいましたが、僕は下手ですよ。
−もしかしたらハワイのフラ人口より日本のフラ人口の方が明らかに多い。
矢口:遙かに多いですよ。世界で一番フラ人口が多い国は日本ですよ。
−それを学問的にどう分析なさいますか?
矢口:どうしてでしょうね。僕も知りたいですね。
−日本人はシャイで自己表現をするのが得意ではない国民性であると思うのですけれど?
矢口:踊っている人は全然そんなことはないですね。(笑い)年齢層も幅広い。
幅広い人ができるというのが流行っている大きな理由なんじゃないですかね。
ただ、ほとんど女性ですよね。圧倒的に女性です。
男性が少ないというのはどうしてなのかな。
−ハワイの文化、例えばロミロミというマッサージだったり、そういうものが何か日本人に合う……地域性の問題とか、昔の古代の人の流れみたいなものとかっていうのも?
矢口:例えば、韓国から観光客が増えていますよね。ハワイへ。
彼らもロミロミとか好きでしょうし。
韓国とかはフラはどうなのでしょうね。フラ文化とかあるのかな。あまり聞かないですね。台湾とか。
比較研究したらおもしろいかも。
どうでしょうね。あまり本質的なものがあるとは思えないのですけど。
−今、フラをやっている方、ハワイ語の曲が多いので、ハワイ語を勉強されていると思うのですが、元々文字がなかったということは、ただ言葉の発音だけがあって、クック以後アメリカ人が来て、アルファベットを当てはめたということなんですよね?
矢口:宣教師ですね。
一番大きいのは、ハワイ語の聖書を作ったことです。宣教師が。
それで文字が、表記が統一されることになったのです。
逆にアルファベット化されたことで発音も少し変わっていると思いますよ。やはりアルファベット的な発音になっていると思いますね。
−以前、アンクルジョージにインタビューした時に、ハワイの人は、日本人がアロハと言うときにRの発音していると笑うけれども、アンクルは日本人が正しくて、アメリカ人が間違っていると言っていました。元々はLと書いているがRに近い発音なのだと。
矢口:そうじゃないですか。Lの発音はなかったんじゃないですか。
アルファベットでの英語の発音とは違いますから、アルファベットを当てはめることでハワイ語がちょっと英語化しているのは事実だと思いますね。アクセント なんかでもそうだと思う。
古いチャントなんかを聞くと、アルファベットで歌詞があっても追えないです。どこを読んでいるのか解らない。全然音が対応しているように聞こえないんです よ。何度も聞くと、あーと思うのですけれど。
それ程、英語発音とは違うと思うんですよね。
−言葉というのは、新しい言葉が出来ていて、それに対応したハワイ語が作られているわけですよね。
矢口:そうですね。ハワイ語は非常に元気というか、ハワイ大学でも大学院までありますから。
3月にハワイに出張に行った時に、ある人の講演会に行ったんですけど、ハワイ大学の人でハワイアンで、ハワイの歴史を研究している人ですが、最初の5分〜 10分位は挨拶は全部ハワイ語でした。それから英語の講演会に入るのですけれど、それからまた、オーディエンスの中でハワイ語ができる人は色々ハワイ語で 質問して答えてということで、すごいなと思いましたね。
言葉が甦ってきたという事は。30年前、40年前は考えられなかったとその人達自身が言っていましたから。
ハワイ語を理解する人の人口は増えてます。
それは昔のハワイ語と違うかもしれないけども、言葉というのは変わるものであって、我々がしゃべっているのも江戸時代の言葉と違いますから、当たり前のこ となんですけどね。
−言葉が復活してきてどんどん成長していっているというのは、世界の中でも言語としては珍しい?
矢口:おもしろい現象ですね。
先住民の言葉を守っていこうという動きは、確かにここ数十年位強くなっています。
北海道でもアイヌ語教室が始まっていますよね。
その様な中で、ハワイ語は成功例なのじゃないですか。ハワイアンは、まだまだ、もっとという思いはあるみたいですけれど。
−先生の次の構想は?
矢口:しばらく時間がかかると思うのですが、学術書では日本のハワイ観光史みたいなものをやっています。
あとは観光論、現代の観光論みたいなことをやっていきたいと思っていますね。
僕の周りにハワイ研究会というのができているのですよ。
それはハワイのことをやっている学生さん達が集まって、言語学の子もいれば、人類学の子もいれば、音楽の人もいる、その人達と一緒に何かプロジェクトがで きればいいなと思っています。
ハワイのことを研究する若い人が増えてきて、何か楽しいことができればいいなと思っています。
あまり具体的にはイメージはないんですけど。
これからも少しずつ、フラをやっている方とかにハワイの歴史のこととかを書けるといいなと思っています。
−先生がハワイに行った時おすすめする場所はどこですか?
矢口:仕事で行く時はほとんどホノルルなんですよ。ハワイ大学なので、あんまりおもしろいところはないんですよね。
−ほとんど図書館に閉じこもりですか?
矢口:図書館とか、あとは会議をしたりしていて・・・・
最近はパールハーバー、真珠湾で研究プロジェクトをしていて、真珠湾の戦艦アリゾナがあるところで、戦争の攻撃をどのように語っていくかとか、どういう風 に教えていくかというプロジェクトをしているのですよ。
僕は軍事史とか戦争史は得意じゃないから、そんなことをするとは夢にも思ってなかったのですが、色いろな人のつながりで結構ディープにハマっていて、最近 はそこで仕事をしていることが多いんです。
あまり爽やかな体験でもないし、楽しい体験でもないのですけれども、こういうことがあったのかと見るのは楽しいかもしれない。
あと、僕は博物館の研究もしているので、ビショップミュージアムにもよく行きますね。まあ、ちょっと古い面もあるけど、色々おもしろいものもあるかな。
−そうですね。パールハーバー行って見ている時に、アメリカ人とすれ違う瞬間の居心地の悪さみたいなものというのは、一度味わっておくと良いかもしれませんね。
矢口:それもおもしろいですよね。
日本の多くの人はやっぱり居心地が悪い。
でもアリゾナを運営している人達はそういった居心地の悪さをどうやったら取り払うことができるかを結構真剣に考えているのですよ。
それで、どうしたらいいということで色々相談されたりして、どうしたらいいと言われても、それだったら60年前に攻撃しなかったらいいという話もあって、 今どうするかというのは難しいねという話を色々しているのですけれど。
もう少し博物館を大きくしたいとか、日本からの来館者を増やしたいということがあるので。
それなりに勉強になると思います。
−アメリカ人の対応の仕方の多様性というのも勉強できますよね。日本人はたぶん奥に隠しこんでステレオタイプ的にするのでしょうけれど、向こうの人は本当にもう嫌いだという人から、もう何でもない、もう昔のことだよと言う人まで色々いらして。
矢口:あ そこのボランティアのおじいさんがいて、その攻撃の日に攻撃を受けた人達も何人かいるんですよ。それで大怪我をして瀕死の、生死の境をさまよったような人 達があそこにいて、そういう方達の中でも、日本人には会いたくないという人もいれば、積極的に日本人と会いたい、日本の来館者がいると、歩いていって話し かけて、自分の体験を語って、今自分があなたとこういうことを話せる世の中を大切にしていこうということを言う人もいるんですよね。
そういう多様性を見ていると、研究者としてもおもしろいし、そういうどちらかというと建設的な語りのお手伝いをしようかなということでやっています。
3月に行っていたのもそっちの方の仕事で行ってたんです。
−フラは今後もお続けになるんですか?
矢口:下手ですけどね。僕はのんびりと少しずつやっていきたい。
−ありがとうございました。
(2006年4月)
information
■矢口先生著書のご紹介
○ハワイの歴史と文化—悲劇と誇りのモザイクの中で 中公新書(ISBN:4121016440)¥840+税
○ハワイとフラの歴史物語—踊る東大助教授が教えてくれた イカロス出版(ISBN:4871496902)¥1500

