日本で広く名前を知られているウクレレ奏者の一人「ハーブ・オオタ・ジュニア」氏の登場です。
ご存じ、彼のお父さんはウクレレ・レジェンド「ハーブ・オオタ=オータサン」。
偉大な父と同じ道を行くことは大変なのでは…と、想像していましたが、大きな影響は受けているものの、しっかりと自分の道を歩いていらっしゃいました。

物静かな彼が、バスケットの試合を観ると人が変わると言う話にはビックリ!
アルバムについて、ウクレレの上達方法、ウクレレの選び方など様々な話で盛り上がりました。
ウクレレファンは必読です。

-昨年リリースされたアルバム「UKULELE JOURNEY」は、相当力を注がれたと思われるのですが、アルバムについてお話していただけますか?
Harb Ohta Jr.:あのアルバムは、「とうとうやる時がきた」というものなんです。それがあのアルバムを作った一番の理由になります。実はとりかかるまでに3年かかったのです。 それまで、Daniel(Daniel・Ho)といろいろなプロジェクトをやり、Keoki(Keoki Kahumoku)や僕の父(Ohta-San:Harb Ohta)とCDを出したりしました。

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そうした様々なことをやってみて、自分のアイデンティティーに戻らないといけないと思ったのです。自分の音楽を感じる時だと。なので、「時」という理由だけでなく…、何て言えばいいですかね…、自分に戻る「必要性」があると思い、何か創ろうと思ったんです。

おっしゃる通りたくさんのエネルギーをこの作品に注ぎました。 ハワイには多くの素晴らしいミュージシャンがいますが、幸運なことに、ハワイのNo.1ベースプレイヤーの一人とも言えるNathan Aweauの都合がつき、また、Barry Flanaganにも参加してもらいました。 2人をはじめ、たくさんのミュージシャンがアルバムに関わってくれたことを、本当に感謝しています。

-次回はどなたと共演してみたいですか?
Jr.:僕がプロミュージシャンの道を歩み始めたときは、自分自身を宣伝することに一所懸命でした。父の七光りではなく、自分自身の名前を確立することばかりを考えていました。でも、その後ツアーで各地を回ったり、生徒にウクレレを教えたりし続けているうちに、自分のことではなく、ハワイの音楽、ウクレレというハワイの楽器を広めていかなければいけないということに気がついたのです。なので、今回このアルバム作成を始めた時、自分が尊敬している人たちに、参加をお願いしようと思いました。それが、No.1ギタープレイヤーのBarryであったり、Nathanであり、また、兄弟のような間柄のDanielだったり。
こうした素晴らしいミュージシャン達に出会って、今の自分があるということを皆に知ってもらうことでお返しをし、ウクレレに人々がもっと親しんでいただき、広めていくことが僕の次への『Journey』だと思って、このタイトルをつけたんです。

-Daneil Hoさんをインタビューした時に、お二人でCDを制作したり、ウクレレの教則本をだしたりしているとお伺いました。
Jr.:僕たちはすでに2枚のCDを出し、今度また新しいCDをリリースしました。 Danielと一緒に仕事をする前、彼が才能あふれるミュージシャンだということはもちろん知っていましたが、それが偶然一緒に仕事をすることになって…、

-偶然とはどのようにだったんですか?
Jr.:笑いながら)本当はKeokiとCDを作る予定で、Danielがそれを収録することになっていて、彼が機材も全て用意したのですが、Keokiが病気でホノルルに来ることができなくなってしまったんです。それでDanielが、「機材をこうして全部持ってきたのだから、とりあえず何かとろうよ」ということで録音したのが、「Ukuleles in Paradise 1」だったんです。
それで彼と一緒に演奏し始めた時、Danielはエンジニアをしているより、演奏している方が楽しいみたいだって気がついたんです(笑)。

もちろん僕も2人でやってみて楽しかったので、そのまま一緒にライブをやったり、様々なプロジェクトを一緒にやるようになりました。
すみません、まだ質問に答えていませんでしたね。次は誰とやってみたいか、ですよね。正直に言いますと、ハワイアンミュージックをやっていないミュージシャンとやってみたいです。

-例えば?
Jr.:実は、Santanaとやるチャンスがあったんです。でも、実現しませんでした。また、Beginともコンタクトを試みたのですが、それも実現しませんでした。次は、ウクレレをもっと世界中に広めるようにしたいと考えているので、ハワイアンミュージックを演奏したことがないミュージシャンが良いと考えているのです。

-現在、ハワイではどのような活動をしているのですか?
Jr.:ワイキキにあるレストラン「Hy's Stake House」でライブをやっています。ここでは、Audy Kimuraが18年、いやもしかしたら20年以上ライブをやっているのですが、僕も、週2回やっています。あとは、週6回プライベートレッスンをやっています。まぁ、ハワイにいる時はですけど…。最近ツアーでいないことが多いので、なかなかレッスンが出来ません(笑)。

-生徒さんは何人ぐらいいらっしゃるんですか?
Jr.:現在は20人ぐらいです。

-皆さんロコの方ですか?
Jr.:そうです。20人ぐらいがちょうどいいですね。

-もし日本の観光客の方が、行った時にレッスンを受けたいとなったら受けられるのでしょうか?
Jr.:はい。そういう方は僕にコンタクトをしていただければ日程を調整します。ホームページをチェックしてみて下さい。

-とても抽象的な質問になりますが、ウクレレと共に育ったのではないかと想像しているのですが、ウクレレからどのような事を学びましたか?
Jr.:それは、音楽的にということでしょうか?個人的にということでしょうか?

-子どもの頃、ウクレレはおもちゃ替わりだったのではないかと思ったのですが…。
Jr.:いえ、僕は、おもちゃ替わりにウクレレを弾くことは許されませんでした。ウクレレをおもちゃのように振り回したりは絶対にできませんでした。そうしてはいけないものだと父に教えられました。幼い頃からウクレレは真剣に考えないといけないものでした。なので、決しておもちゃではありませんでした。

-子供の頃からミュージシャンになろうと思っていたのでしょうか?
Jr.:いえ。ちょうど思春期に入る3年ぐらい前だったと思いますが、その頃の僕にとって、ウクレレを弾くというのは、学校に行って、帰ってきて、食事して、というようなことと何ら変わりがないものでした。毎日普通にやることの一つでした。決して強制されたこともありませんでしたし、毎日の生活の中で普通にやることでした。
それから徐々にウクレレを弾くのを避けるようになってきました。それに父が気づき、「ウクレレを辞めなさい」と言われたのです。それでその後5年間は父のレッスンを受けませんでした。それが12歳の時でした。

-でも、その後また弾き始めるわけですよね?きっかけは?
Jr.:Makaha Sons of Ni'ihau の音楽に触れたのがきっかけでした。彼らの曲を聴いて、また弾きたいって思ったんです。

-その時から、ミュージシャンを目指そうと思ったのですか?
Jr.:僕がミュージシャンを目指そうと思ったのは19歳の時でした。当時はまだ何をしたいのかわからず、特に深く考えずに大学で音楽を専攻しようとしていました。同時に、週に3-4クラス、ウクレレのプライベートレッスンを自分で始めたんです。それは結構いいお金になりました。ただ普通に大学生をやるより、こっちの方が安定した収入が入っていいなと思い、これを続けていった方がいいと思ったんです。それを知った父は心臓発作で倒れそうでしたけど(笑)。 53_jr_02.jpg

-ええ?!
Jr.:冗談ではなく、本当です!学校を辞めてしまったわけですから。でも、父は僕に何も言えなかったんです。なぜなら、彼もかつて学校を辞めていたんです(笑)。
ただ、父は後にきちんと卒業しましたが。僕もちゃんと卒業したいと思っていますが、時間がないので今はできないんです。でも、いずれは大学へ戻るつもりです。祖母に戻るって約束したので、必ず戻らないといけないんです(笑)。

-生まれ育ったのはどちらですか?
Jr.:生まれてから 9歳までは、Kalihiに住んでいました。9歳から高校を卒業するまでは、KaimukiでPalolo Valleyのそばに住んでいました。

-どんな少年時代だったんですか?
Jr.:(一瞬間をおいて笑い出す)ははは。そんな質問もあるんですねぇ。 子どもの頃は、スポーツ少年でした。特にバスケットボールが好きで、ご存じない方も多いのですが、僕はよくプレイをし、またコーチもしていたんです。死ぬ前に、もう一度バスケのコーチをやりたいと思っています。

-本当ですか?!
Jr.:本当です!バスケに対して、すごく情熱があります。今でもTVのバスケの試合をチェックしていますし、もし忙しくて見れない時は、インターネットでハイライトをチェックしているほどです。全試合を座ってみてることができないんですよね。ずっと見てたら、コーチに対して野次を飛ばしはじめちゃうので(笑)。

-ええっ?!
Jr.:本当なんですよ。皆、僕がバスケに対してこんなに熱くなるのを知らないんですけど、昔は毎日バスケをやっていて、それが全てでした。学校も、「バスケができる」ということだけで行ってました(笑)。

-その頃の夢は何だったんですか?
Jr.:バスケのコーチになることでした。自分がプレイするのももちろん楽しんでいましたが、一番背が高くないプレイヤーだってことはわかっていたので(笑)、プレイヤーとしては成功しないから、コーチの道ならできるだろうと思ったんです。
いくつかの学校のチームを教えていたんですけど、あまりお金にならなくて、それで、音楽の方を続けた方がいいんだなって思ったんです(笑)。

-昔から、お父さんと同じ職業になるとは思っていたのでしょうか?
Jr.:考えてもいませんでした。高校生の時は、スポーツ医学やスポーツ心理学などの、何かスポーツに関する道へ進もうと思っていましたので、まさか自分のゴールがプロのミュージシャンだとは思っていませんでした。でも、今は、それが何よりの自分の特技であり、血筋なんだと気がつきました。

-では、プロプレイヤーになろうと思ったきっかけは?
Jr.:先ほども話しましたが、19歳の時にウクレレのプライベートレッスンをやるようになってからですね。それからは音楽に対して真剣に考えるようになりました。その頃から、もっと音楽をやりたいって思う様になっていました。もちろんそれが自分の天職になるとは知らずにですが。

-お父様から何かアドバイスはありましたか?
Jr.:いえ、父は、一度も…、(と言いかけてやめる)これは気をつけて答えないといけない質問ですね(爆笑)。

父は、一度に全てのことをアドバイスしようとしたことは決してありませんでした。最近1つ2つアドバイスをくれましたね。時々ぽつりぽつりと言ってくれます。父のレッスンを受けていた時に、いろいろなことを説明してくれていたのを覚えています。

例えば、僕がレコーディングするようになった時に、僕のCDを聴いて言ったのが、「早く弾くのは誰だってできるんだからな。ただ早く弾くだけだと、おまえが何を弾いているのかわからないし、曲を台無しにしてしまう。」と、こういうような「格言」は、僕の頭の中にこびりついていて、また、それはとてもよく理解できるので、僕の生徒達にも同じことを教えているんです。

-お父さんは、ウクレレの演奏方法などを大きく変えた伝説的な方で、偉大な父を持つということでプレッシャーもあると思いますが、Jr.さんは、ウクレレを通して何を変え、伝えたいですか?
Jr.:アメリカ本土にも、ここ日本にもたくさんのウクレレ好きな方がいます。少しずつ愛好者が増えているとはいえ、まだまだ小さなマーケットです。 僕たちがやるべきことは、ウクレレという楽器で何ができるか、そして、そのウクレレで一体何を感じることができるかを広めていくことだと思っているんです。 53_jr_04.jpg

例えば、ウクレレを弾くアーティストが有名になる場合がありますが、結局、アーティストだけが宣伝されています。僕の目からみて、お客さんがそのアーティストのライブに行く時というのは、そのアーティストを見たくて行くのであって、楽器が目当てではありません。 僕の言いたいこと伝わっていますか? アーティストばかりが宣伝され、楽器は二の次、もしそのアーティストがいなくなってしまったら、そこで終わってしまいます。ウクレレも忘れ去られてしまうのです。
でも、この楽器を前面に出していろいろな人に紹介をしていれば、ウクレレは決して忘れ去られたりはしません。これが僕の目指すゴールですね。

-今、日本でウクレレが流行っていて、買う人も増えてきています。ウクレレのことをお聞きしたいのですが、良いウクレレの条件とはどういうところだとお考えですか?
Jr.:僕にとって良いウクレレの定義というのは、これはあくまでも僕の考えですが、まず、ちゃんと演奏ができるもので、音程が正しいもの。きちんとチューニングができれば、例えば10種類の違うウクレレを手渡されても、弾く事ができます。 一番大切なのは音程の正確さです。きちんとチューニングができないと弾くことはできません。

その次に音質です。僕にとっては音質が一番大事なものというわけではありません。というのも、もし音質が素晴らしくても、音程が合わない楽器だったら、弾くことができないからです。

でも、一般の人が購入する場合は、一番大事なのは予算になると思いますね。その次に、今あげたようなものが続くのではないでしょうか。

-ウクレレを選ぶ時、細部にこだわる人とこだわらない人といると思いますが、Jr.さんは、どちらのタイプですか?
Jr.:もし 僕が自分のために買う場合は、まずは音程が正しいかどうかで選びます。雑音のないもので、あとはネックが自分にフィットするかどうかになります。僕の場合は太いネックでなく、とても薄いネックがフィットするんです。それから音質を考えます。

でも、長年スポンサー(Koaloa)がついていますので自分では選んでませんね(笑)。僕は、こうして素晴らしいウクレレを提供してもらえて本当に幸運だと思います。

-現在のスポンサーであるKoalohaに満足しているから使用しているということですよね?
Jr.:はい。もし満足していなかったら返しています。

-一つのウクレレを長年使いますか?それとも次々と新しいものに替えるタイプなのでしょうか?例えば、バリー・フラナガンは、穴があいても、一つのギターをずっと使用していたりしますが…、
Jr.:彼のギターには二つの穴がありますね(笑)。彼の場合は、きっと本当に特別なギターで、そのギターの音が心底好きなんだと思います。恐らく、更に一つや二つ、穴があいても使うでしょうね(笑)。

僕の場合は、いままでに使用したウクレレもずっと保管してあり、レコーディングにはこのウクレレを使う、というようなことはあります。が、Koalohaで新しいウクレレを作ってくれたら、そのウクレレを使います。

-Koalohaを気に入っている理由というのは何でしょうか?
Jr.:(びっくりした様子で)え?!待って!これは慎重に答えないとだね!!(笑)
以前は違うメーカーのウクレレを提供してもらっていたのですが、あまり気に入っていなくて、ある時、Koalohaの方からスポンサーのお話をいただき、契約前のミーティングで、彼らファミリーはとても協力的で、ウクレレプレーヤーのコミュニティーをとても大切にしていることを知りました。
プロだけでなく、学校やコミュニティーなどにも、ウクレレをたくさん寄付していたんです。彼らは、自分たちの会社のことだけを考えているのではなく、楽器の普及にも力をいれているということがわかったので、契約することにしました。

-日本の初心者がウクレレを選ぶときのアドバイスをお願いします。
Jr.:第1は値段です。よく高価なものほどいいものだと言われたりしますが、それが全てに当てはまるとは限りません。よく見て回って、予算内で気に入った音の楽器を探すといいと思います。
第2に、ワイキキでは買わない方がいいと思います(笑)。

-技術的なことでお伺いしますが、これは私個人の意見ですが、ウクレレを弾く時、左手はトレーニング次第で上達できると思うのですが、うまいと思う人は、右手の使い方にその人の個性が表れる(=右手が感性)気がするのですが、どう思われますか?
Jr.:(しばらく考えて)それはどうでしょうか?どちらの手も同じだと思います。両手を一緒に動かさないといけませんからね。右手がメロディーをとるためには、左手でコードを抑えないといけません。Give & Takeの関係ですから、片手の方がもう片手より責任があるというのはないと思います。 53_jr_03.jpg
だから、右手も左手も同じように大事ですね。「責任」ということでいったら、両手は「同等」であると思います。 ただ、「曲のフィーリング」という点で言ったら、確かに、右手が大事になってくると思います。強く弾くか、やさしく弾くかは右手いかんですからね(ここでウクレレを持って、強く弾いてみたり、やさしく弾いてみる)。

確かに、そういうった観点でいったら答えは「YES」ですね。

-ウクレレプレーヤーの方に、「ウクレレがうまくなるコツは?」と聞くと、皆さんからまずは「練習」という答えが返ってきますが、例えば、「うまく聞こえる様に弾くテクニック」というのはありますか?
Jr.:僕が生徒達に教える時は、たいてい課題曲を練習するのですが、時には、生徒達に即興で曲を作らせて弾かせたりします。 彼らに第1に言うのは、「ただ弾くのではなく、曲を感じること」です。

一般的には、もちろん「練習」が一番大事になってきますが、自分がやっていることに何を感じるかというのも大事です。誰でも即興で何かを創りだすことはできますが、無感情でやっていたら何も感じません。曲を感じて、感じたものを高めていくということで、よりうまく聞こえるようになるのではないかと思います。

-ウクレレの魅力は?
Jr.:僕にとってはいろいろなことから解放してくれるものですね。薬でもあり、ドラッグでもあります。これが僕の仕事であってもです。僕はとても楽しんでいて、毎日弾きたくなるんです。もしウクレレを弾けないと、「あぁー」(禁断症状?!)のようになり、楽器屋にいって、そこにあるウクレレを弾かせてもらいます。なぜなら、ウクレレは僕の身体の一部であり、僕の人生のほとんどを占めているからです。

-ハワイミュージックシーンも、グラミー賞にハワイアンミュージック部門ができるなど、以前とは変わってきていると思いますが、昨今のミュージックシーンをどのように思われますか?
Jr.:たしかに(グラミーの影響で)変わってきて、たくさんの人がスラック・キーを弾き始めてますよね(笑)。まずグラミーについて話したいのですが、グラミー賞のハワイカテゴリーの投票者のほとんどが、フォークギタープレイヤーで、彼らはスラック・キーがどういう楽器なのかをわかっている人たちです。だから、彼らがいざ投票する時になると、自分達が関連しているものに投票するものなのだと思います。 ハワイアンミュージック部門ができたということはとてもポジティブなことだと思います。

53_jr_05.jpg これからどんどん発展していくと思いますし、発展していく中で、いろいろなバックグランドを持つ人が投票者となり、そうなることで多種多様なハワイアンミュージックがノミネートされ、受賞するようになるのではないかと思います。まだ始まったばかりですからね。何を始めるにも、どこからかとりかからないとなりません。展開するには時間がかかります。

でも、ハワイアンミュージックは、人々がレコーディングし、演奏し続ける限り、常に存在し続けていくことができます。 以前は、ハワイアンミュージックを弾かない、失われた時代もありました。でも、その後ハワイアンルネッサンスが起こり、復活したわけです。僕は、ウクレレが常にハワイアンミュージックを奏でるものだとは言いませんが、ウクレレは、常にハワイとかかわっていると思うのです。

-今、注目している若手のミュージシャンはいらっしゃいますか?
Jr.:待って!(笑)(しばらく考え込む)「若手」で思い浮かぶ人を今考えてますが…、とても難しい質問ですね。 僕にとっては、Makaha Sonsが常に心にあり、とても尊敬しているんです。 Hapaももちろん素晴らしいですし…、新しいグループでいうとHolunapeやPiliohaですね。彼らはこれからも長く続くグループだと思います。きっとハワイアンミュージックを演奏し続けていってくれると思います。

あとは、Amy Hanaiali'i、Hoku Zuttermeister, Barry Kimokeo 等「ハワイアンミュージック」といったら、有能なミュージシャンはたくさんいて、きりなく名前があがりますね。

-ハワイアンレゲーはどうですか?
Jr.:ハワイアンレゲーについてはあまり考えなくなりましたね。以前は僕も演奏していましたが、最近はほとんどやらなくなりました。Fijiは変わらずボーカリストとしてはNo.1だと思いますね。彼のあのジャンルのアレンジの才能は、天才的だと思います。
あと、Beach Fiveは最近人気のバンドですね。

ハワイでは、全ての音楽の専門ラジオ局があります。でも、ハワイアンミュージック専門のラジオ局は一つしかありません。ローカルミュージック、アイランドミュージックもかけない、正真正銘ハワイアンミュージックのみをかけている局はそこだけで、他のラジオ局は、アメリカンポップミュージックがかかっていたり、レゲーがかかっていたり。
1週間ぐらい前にFM100を聴きました。最近ではほとんどラジオを聴く事もなくなりました。 かかっている曲っていうのは、結局…、(ウクレレで弾き始める)こんな感じで、全部同じリズムで、ただ歌詞が違うだけに聞こえるんですよね。でも、若い子に好まれるピッチで、それはそれでよいのですが、ハワイに住んでいる限り、ハワイのものを広めるべきだと僕は思うんです。

-生まれ育ったハワイの素晴らしさを日本の皆さんに教えて下さい。
Jr.:ハワイは、まさに異文化のるつぼですね。たぶん、どこの国でもこうした人種のるつぼはあると思うのですが、ハワイとは違うと思います。 多くのアジア人、日本、韓国、中国、インドネシア、フィリピンの人達もいますし、もちろん白人やアフリカ系アメリカ人もいます。そして、ポリネシア、ハワイアン、サモア、トンガなど、ありとあらゆる人種の人がいます。

また、違う島に行けば、違う食べ物が食べられます。それから、天気がいいですね!ハワイでは、本当の「冬」を経験することはないですからね。あとは人の生き方がいいと思います。皆、のんびりしていて、他の世界の場所と比べて、ストレスも少ないのではないかと思います…、東京とは全く違います!!(笑)。 53_jr_06.jpg

-いつも皆さんにお伺いしているのですが、ハワイでおススメのお店や場所を教えて下さい。
Jr.:ビーチは、マウイのKaanapali Beach、レストランは、オアフのYama's Fish Market。
おススメの町はハワイ島のWaimeaです。昨年の12月に行って、とても気に入りました。Waimeaに家を買いたいと思ったほどです。友人のKeokiが連れて行ってくれたのですが、本当に息をのむほどのキレイなところです。Keokiはたくさんの土地を持っていて、ワイメアにも土地を持っているので、「ちょうだい!」って言いました。そうしたら、「(血筋の意味で)ハワイアンじゃないだろ?!」と言われたので、「OK。じゃぁ、別の場所に僕の家を建てさせてくれよ」と言いました(笑)。 

ショッピングだったらとにかくAla Moanaですね。あそこなら何でもありますからね(笑)。あとは、Costcoもいいけど、日本にもあるんですよね。

-最後に、日本のファンの方々にメッセージをお願いします。
Jr.:いつも僕とウクレレを応援して頂きありがとうございます。是非ハワイに行って、ハワイがどのような場所かを体験してみて下さい。いろいろなコンサートに行って、多くのアーティストに出会ってください。いろいろなウクレレプレーヤーの演奏を聴いてみてください。

もしハワイになかなか来られない場合は、日本で開かれているいろいろなイベントやフェスティバルに行ってみて下さい。ハワイがどのような場所か多少は経験できると思います。 いつも応援、本当にありがとうございます。

-ありがとうございました。

協 力:トゥモローハウス
通 訳:村田実紀
聞き手:Kaimanahila
Photo: Shu Suzuki(8011web.com)


【トゥモローハウスによるハーブ・オオタ・ジュニア情報はこちら(日本語)】
http://tomorrowhouse.show-buy.jp/herbohtajr/news.html