ナー・ホークー・ハノハノ・アワードってなんだ?

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Uncle S

ハワイイでは
ナー・ホークー・ハノハノ・アワードが毎年行われる
通称「ナー・ホク」などと呼ばれる

フラのコンペティション”メリモ”
音楽賞”ナーホク”
エンターテイメント分野の
ハワイイ2大イベント

この2つのイベントは
ハワイイの文化継承の役割もになっている

”ナーホク”は
ハワイイのグラミー賞と説明されるが
その歴史と内容をご紹介

今年も6月21日(現地)に開催される

CONTENTS

その歴史はハワイイ音楽を守り、前進させる


その名を初めて聞いたのは
1979年、二度目のハワイイ・オアフ島
空港からワイキキに向かうレンタカーの
ラジオから流れた声が
「ナー・ホークー・ハノハノ・アワード」という言葉を発した

ハワイイのレコード大賞
そう説明された記憶がある
まだ創設されたばかりの賞だった

それから、約50年
その当時、ハワイイ音楽に
特別な興味があったわけでもない僕が
今はHARAのメンバーとして
この賞に一票を投じている

時の流れとは不思議なものだ

1978年、変わりゆく時代の中で

1978年頃のハワイイ音楽界は
ひとつの転換点に立っていた

1960年代から70年代初頭
伝統的なハワイイ・ミュージックは見る影もなかった

観光ブームの中
観光客を喜ばせるための
「ハワイイアン・ショー」が主流を占め
ハワイイ音楽らしきものが流れていた

若者の関心はメインランドに向いていた
ハワイイ文化はどんどんアメリカナイズされていった

そんな、70年代に一人の救世主が出現する
ギャビー・パヒヌイ
伝統音楽と当時の時代感を融合し
新しい時代のハワイイ音楽を若者たちに届けた
(ギャビーについてはまた書く予定)

その後、ギャビーの音楽は
ライ・クーダに見出され
一緒にアルバム制作をおこない
世界に、発信されるようになった

ギャビーの後を追うように
カラパナセシリオ&カポノといったローカルな若手が
ハワイイアンAORサーフ・ロックと呼ばれた
「今のハワイイ」の音を奏で始めた

ハワイイのミュージシャンたちは
その後を
それぞれのスタイルで追い始めた

伝統と現代の狭間で、アイデンティティを問う声が
ハワイイ音楽の中に浸透していった
それは「ハワイイアン・ルネッサンス」
呼ばれる動きに連動し大きな波になっていった

KCCN、創設者たちの「思い出の方法」

そんな時代の空気の中で生まれたのが
ナー・ホークー・ハノハノ・アワードだった
きっかけは、ハワイイ初の
24時間ハワイイアン音楽専門ラジオ局
KCCN−AM 1420)の存在だ

設立の中心となったのは
KCCN-AMラジオ局のパーソナリティである
クラッシュ・ケアロハ(Krash Kealoha)だった

彼は、「ハワイイの音楽は、ハワイイ自身が称えるべきだ」という
信念のもと、この賞を立ち上げた

さらに、彼の上司であるシドニー・グレイソン(Sydney Grayson)
同僚のDJであるキモ・カホアノ(Kimo Kahoano)
ジャクリーン・“スカイラーク”・ロセッティ
(Jacqueline “Skylark” Rossetti)も
この賞の創設に深く関わった

賞は、ただの表彰ではなかった
文化を守り、未来に手渡す装置として設計された

彼らは、演奏者だけでなく、聴き手として
そしてハワイイ文化の継承者として
この賞を通じてハワイの音楽を未来へと繋げようとした

それは、過去を忘れず、讃えながら
未来へ向かう
ハワイイ的な「記憶の方法」でもあると考えた

第一回の受賞者──美しい手紙のような歌

1978年の第一回ナ・ホク・ハノハノ・アワード
主な受賞者は

アルバム「Melveen」で4部門を獲得した
メルヴィーン・リード

日本でも大ヒットした
アルバム「Night Music」で3部門を受賞した
セシリオ&カポノ

アルバム「In Concert」で3部門受賞の
ブラザーズ・カジメロ

アルバム「Iaoe E Ka La, Volume III」で3部門受賞の
パラニ・ヴォーン & キングズ・オウン
などが挙げられる

なお、1978年のナ・ホク・ハノハノ・アワードでは
全体の最優秀アルバム部門はなく
全部で13カテゴリーが選ばれた

ハワイイアン・ミュージックに
新たな風を吹き込んだ存在

伝統を新しい世代に伝える音楽

彼らの音は、まるで祖父母から孫への
手紙のようだった

そのような音楽によって、賞の幕は開いた

ちなみに1979年の第二回目では
「Honolulu City Lights」ケオラ&カポノ・ビーマ
アワードを席巻した

現在はHARAが主催している

その後、1982年になると
ナー・ホークー・ハノハノ・アワード
KCCN-AMから
The Hawai‘i Academy of Recording Arts (HARA) 
運営母体が移行する

グラミー賞を模した形での運営となる

HARA
ハワイイ音楽、関係者の非営利団体団体
そのミッション

ハワイイのレコーディング業界とハワイの音楽を
保存、保護、促進、育成、そして発展させること

現在は、13人のボードメンバーと
約500人(非公称)といわれる会員で構成されている

最も大きな役割は
この賞の主催、運営となっている

現在はハワイイ音楽に関わっていると証明できれば
日本からも会員になることができる
会員になれば、賞に投票することができる

ハワイイ音楽の多様性を発信

ナー・ホークー・ハノハノ・アワードの魅力は、その多様性にある

トラディショナル・ハワイイアン
コンテンポラリー
・インストゥルメンタル

レゲエ
ジャズ
ラップ
さらには

ハワイイ語
グラフィックデザイン
ライナーノーツまで

「音楽とは、音だけでできているものではない」

曲があり、声があり、想いがあり、過去からの継承を重んじる
すべてを含めて、賞は贈られる

カテゴリー内訳

  • 一般部門(14カテゴリー)

    例:アルバム・オブ・ザ・イヤー、シングル・オブ・ザ・イヤー、
    男性/女性ボーカリスト・オブ・ザ・イヤー、最優秀新人賞
    など
  • ジャンル別部門(19カテゴリー)

    例:ハワイイアン、レゲエ、ジャズ、ヒップホップ、ロック、R&B、
    スラック・キー・ギター、ウクレレ、宗教音楽、メタル
    など
  • 審査部門(7カテゴリー)

    例:ハク・メレ(作詞賞)、ハワイ語パフォーマンス、
    エンジニアリング賞(ハワイアン/一般)、ライナーノーツ、
    グラフィックデザイン、インターナショナル・アルバム賞
    など

これらのカテゴリーは、ハワイの音楽文化の多様性と深さを反映しており
伝統的なハワイアンから現代的なジャンルまで
ハワイイの音楽シーンの幅広い音楽スタイルが評価されている

2025年の開催情報──再び、星が集まる夜

2025年のナー・ホークー・ハノハノ・アワード
6月21日(現地)
シェラトン・ワイキキで開催される予定だ

ここ数年、パンデミックの影響で日程は変動してきたが
今年からは通常営業
例年通りの初夏の夜に戻る

2024年ライアテア・ヘルムが席捲の年だったが
今年は、本命不在の混戦と予想する
意外な名前が上がってくるかもしれない

テレビ放送はKFVEネット配信も予定されている
ハワイイ音楽ファンが、その瞬間を待っている

投票するということ──責任の重さ

僕は12年間投票している

まずは一回目の候補曲を決める投票がある
リストの作品を聞けるだけ聞く
フィジカルのない配信のみの作品が殆どとなり
サブスク、Youtubeなどで探す

そもそも、昨今はフィジカルがあっても
買うことが難しい

コロナ前までは、候補者がCDを送ってくれたりしていたが
今は、メールでアドレスが来るようになった

演奏だけでなく、制作背景やミュージシャンの構成などを
知ることはだんだん難しくなっている

その後、最終候補が決まり
二回目のファイナリストを決める投票をおこなう

ネット投票のボタンをクリックする瞬間
その一票が、その人の人生にどう影響するのかと思う
それがナー・ホークー・ハノハノ・アワードの重みだ

文化の航海に、音楽という羅針盤を

「ナー・ホークー・ハノハノ」とは、ハワイ語で「卓越した星々」
それは、ただの比喩ではない
このアワードのすべてのカテゴリ、すべての候補者
その一人ひとりが、まさに星であり、光なのだ

光は道を照らす
彼らは、ハワイイ文化の航海を
いまも続けている
静かに、力強く

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